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2015年09月02日08:06

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オホーツク#05

 することがないのでベッドの端、僕はウニになってみる。

 まずこの部屋を、海底に模様替えしなければならない。薄目をさらに薄め、見つめる壁紙、脳内でレイヤー処理。お気に入り――オホーツク#05

 たゆたゆとたゆとう1/fの揺らめきこそは、モニターから漏れ漏れるる光波の行き帰り、部屋に充満してた暗黒物質のなりかけが、分子構造を倍速で変容させ、じわじわりと液状化。
 フローリングのフラットな存在意義、見失った理由を取り繕うように、ゴキゴキと陥没隆起――ジュラ紀に見たのと同じだ。何億年も光のことばかり頭ン中、占領されていて――濃い焦がれ、そして憎んでいる。海底だここは。3分25秒にダイジェストされた創造記のsentence
 sound effectは「copo coco……poco♪」

「環境は整った。あとは我、ウニになるのみ」

 ところで、ウニというあのトゲトゲのやつは所謂「眼」を持っていないそうだ。では一切の視覚情報を有せぬかといえば、そうでもないらしい。なんと無数のトゲの先端各々に光センサーのような機能があって、そこで光の濃淡を感じているという……その設定……いいじゃないか。「ウニになろう」というモチベーション、俄然高揚す。

「ではこの両目は邪魔だな」

 そっ閉じ、意識を沈め、体内奥に埋没していくの眼球をイメージ。たちどころにして視覚は失せた。かの眼球はといえば、胃の腑の上ラ辺で、退化しきって固まる――そいつを散らす。体の隅々に視覚を持っていたハズの細胞を霧散させる――下地は出来た。

「この辺りの過程で尖るのが妥当か?」

 自問に自答――うむ、そうだな。だがその前に、色が先だろ。
 すっと息を吸い、部屋中の闇を体内に取り込む――闇の黒を借りるためだ。体表に馴染ませる、皮膚感覚がblack outする……闇から抽出した色素。僕はすっかり闇の色。希望すら失いそうになる黒の威力、体表に集中させ、放射状に発散させる。

「尖れ」
 
 念じる。ざわざわとわざわざ音を立てて、僕肌は硬質化してゆく。闇雲に闇を尖らせ、あの無数無量の棘棘を、我が肉体もて体現する。

「完成は間近か?」

 僕という棘皮動物が完成を迎えようとしている。海底のコポコポが、ドラムロールとなりぬる。部屋を廻る寒流のうねりが、自分勝手に毛布を海藻に化けらしめ、ゆらゆらとゆらめく1/3の殉情な環状運動、洗濯機脱水如くの渦。
 僕はベッドから剥がされ、部屋ン中、グルングルン。身は恐怖に裏付けられた退廃的悦楽に硬直し、凝縮していく――実寸大目掛けて真っ逆さま、僅かな理性に縋り、サイジングを調整する――ウニのそれへ。

 そうして渦が鎮静し、海底に一定のコポコポが再現され始めた頃合い。僕は完全にウニになっていた。

「……ばかな!?こんなことがありえるのか?」

 ウニになって驚いたこと、それはこの奇妙な変身譚の出来栄えではなく、ウニと化した我が身に訪れた。想定ダにしなかった感覚――それは視覚情報の全身分散どころン比ではない。

 全身が全霊のnew感覚器官で感じる――セカイの感情。海底の生き物たち――海星や海鼠や蟹や偕老同穴たちの抱える感情――全身から飛び出た棘、特にその先端に伝わってくる。生き物たちの感情。ちょっと意識を集中させれば、感情レーダーの範囲は一気に広がり、地上のはおろか、成層圏超え宇宙にまで届く勢いだ。

「どっかの大陸で赤ン坊が泣いている……愛に飢えて」
 
 すべての感情、人ごとではない感度で、先端から中心に伝播せゆ。嗚呼、「僕」という敷居は無価値だったのだな。だってこのセカイすべてが、僕なのだ。誰かが傷つくということは、「僕」が傷つくということ。

「なるほど」

 つまりウニってのはアレだ。単なる棘った生き物なんかじゃなくって、海底に張り付いたemotion sensorなのだにちがいないのだ。

 あの棘は悪意でも自己防衛でもなく、センサーだったのです。誰かの悲しみを、痛みを、愛を知ろうとして伸ばしめた。

 今日アナタを傷つけた人も実はウニの一種かもよ。きっともっとアナタのことを知りたいだけなのかも……嗚呼、辿り着いたのか?ウニの境地に……

@@@@@

 気がつけば闇はもうこの部屋になくなっていて、代わりに窓の隙間から覗く朝日が、笑いながら光子を部屋中に充填している最中。

「僕は……人間に戻ってしまったのか……」

 ふと見れば床に黒い放射状物体!?

 触れようと手を伸ばすが、きっとここで、僕の幻燈は終わりです。



 
 
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