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2015年08月10日00:25

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black black blood 第2話

 バイトを終え帰宅、2日置きくらいのペースでやっている半身浴、きっちり30分じっくり、身体を温めている、と、血の征き廻るスピードが加速しすぎたのだろう。
 
 ぽたり

 湯船に落ち、印象派の薔薇のように浮かんだ血の滲み――そういえば和也が「今日は風呂に入っちゃダメだ」って、いってた気がする。ユニットバスの浴槽から這い出し、鏡に顔を近づける。
 白目に、黒い猫の刺青、昼間、和也に彫って貰った、ゼンのシルエット。「目の中に入れても痛くない」と思ってはいたが、まさかこうして本当に眼の中に入れてしまうことになろうとは思わなかった。
 じっと鏡を見つめていると一滴、血が滲み出てきた。ゼンが血を流しているようで、何だか哀しかった。
 
 その日は海外ドラマのDVDを1話だけ観て、早めに寝た。

@@@@@

「じゃあ次は和泉さん……和泉乃和さん」

 夢の中で名前を呼ばれ。声の主は先生、場所は教室、時代設定は小学5年生時代。宿題であった「自分の名前の由来」について、起立して発表の順番、私の番が来る。私は腰に持病でもあるかのように、大儀そうに椅子から立ち上がり――

 「私の名前は、和泉乃和です。『乃和』という名前は、お母さんが考えたそうです。乃和という名前には……特に意味はないそうです……以上です」――と、やけっぱちに言い捨てて椅子に座ってやった。

 ざわざわ――ざわつく教室。無理もない。他の子と比べて私の発表は短すぎだし、内容が乱暴すぎた。きっと誰もが――「和泉はちゃんと宿題をやって来なかったから、あんな発表をしたのだ」と、思っているに違いない。が、実際には違う。私があんな発表をした理由は、自分の名前の由来、それを語った母の言い草が気に入らなかったからだ。

 ところで「和泉」から「和」を抜いても「いずみ」という読みは成立する。和泉という苗字において、和という漢字は音を成さないのだが――

 「和泉っていう苗字の頭ついている『和』ってちょっと面白いなぁって、母さん思ったの」――私はフンフンと鉛筆を走らせて、キラキラの瞳で続く言葉を待つ。しかし母は、じっと私の顔を見て、「…………以上」と、言った。私は3秒絶句して、「それだけ?」、母はむしろ不思議そうに「うん」と言った。私は涙目になって食い下がる。「そんなんじゃあ宿題にならないよ」「どうして?」「だって……私の名前の由来は、『和泉の和ってちょっと面白いなぁ』とお母さんが思ったからです。なんて発表したら……絶対皆に馬鹿にされちゃう!」怒りが湧いてきた、涙目はとうに乾いていた。「適当すぎるよ!そんな名前の付け方」「そうかしら?」――そうかしら?ではない。そうに決まってる!「和泉乃和」は「和泉の和」だなんて、ダジャレとしても成立していないただの出来の悪い言葉遊びじゃないの!

「ふざけないでよー!」

 親子喧嘩開始を町内に触れ回るシャウトの響き。しかし母は私の挑発には乗ってこない。従って喧嘩とまでは発展しない。至って冷静、それどころか、宗教画の聖母をトレースしたような微笑を浮かべて、「名前の意味なんて自分で見つけるものよ。もし乃和一人じゃ無理なら、できる人を見つけて結婚しなさい」と言った。
 あまりに斜め上の回答、私は頭にいっぱい???????をくっつけて、何かを言おうと口をとがらたせ。そして、なんか知らないが「大人になれば分かるよ的」な母の上から目線に苛立ちを覚えた。が、心の何処かで――そーゆーものなのかな?という一抹の疑念もあり、態度を決めかねてる部分もあった。そんな葛藤を知ってか知らずか、母は容赦ない止めを刺そうと――

「大事な猫ちゃんの名前を、ダンボールに書かれたあやふやな文字に決めるような子に、母さんのネーミングセンスを責める権利なんてないはずよ」

 ――言葉を喉に詰まらせて、顔を歪めた私。部屋に退散する。去り際、「ゼンは猫だし!私、人間だし!」と、苦し紛れに吐き捨てたが、その一言、普段から猫の地位向上を訴える私の言動との整合性がまったく取れないことからしても、私の敗訴は明々白々だった。
 その日は拗ねて晩御飯を食べなかったのを覚えている。

@@@@@

 チュンチュン

 ――朝だ。学校に行こう。


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