ラジオ歌謡をWikipediaでは、つぎのように紹介している。
【ラジオ歌謡は、1946年から1962年までNHKラジオ第1放送(JOAK)で放送されていた歌番組である。また、同番組で取り上げられた歌曲を指すこともある。もともとの発案は大阪放送局(JOBK)であった。
戦前、「健全な歌で、国民の音楽文化の啓発を」の目的で始められた国民歌謡が、1940年頃を境に戦意高揚、思想統制の道具とされてしまったことを受け、再び国民歌謡の初心に戻って始められた番組が『ラジオ歌謡』だった。
また、戦後まもなくヒットした映画「そよかぜ」の主題歌「リンゴの唄」が大ヒットし、貧しさとひもじさにうちひしがれていた国民の大いなる慰めになったのも、番組登場のきっかけになったといわれる。
発案はNHK大阪中央放送局であったが、やがて東京放送局でも放送されるようになり、800曲近い曲を放送した。うち大阪で制作されたのは180である】
フランク永井も「アイスクリームの夜」「いつの日逢える」の2曲をラジオ歌謡で歌っている。楽譜は残されているが音源は発見されていないのは残念なのだが、そのような縁で知り合いになれた関係者から紹介されてここ数年、東京での音楽祭を観る機会にあずかっている。
今年は4月11日に開催された。第9回を迎えた。ここで274曲の歌唱が披露された。今年は新たに発掘された「火の山の歌」「僕のゆめ」「山の男は雲と友達」「雨の旅愁」「花のうた」「月夜の櫓」「合歓木の花咲く頃」「昼の夢」の8曲が歌われた。会は熱心な掘り起しの活動を続けていて、歌唱の復元、そして練習用のカラオケの作成にも力を入れている。すでに、それらは400曲を超え、いくつかはカラオケショップでも歌える。
音楽祭では会の自慢の歌い手が次々とすばらしい歌唱を見せてくれる。また毎回プロの歌手が歌ってくれるのも楽しみだ。今年は常連の鳴海日出夫、祝太郎に、松村美和子が歌ってくれた。松村はラジオ歌謡に「さくら貝の歌」をはじめ「あざみの歌」など数多く作曲を提供した八洲秀章の長女である。さすがののどを魅せてくれた。
また、音楽祭を主催する東京ラジオ歌謡を歌う会と親密な関係を持つ日本ラジオ歌謡連盟の工藤雄一会長が、3・11応援歌として創作曲「花切手」(李承信作詞工藤雄一作曲)のコーナーで披露した。
さらに毎回すばらしいエレクトーン演奏を魅せてくれる長谷川幹人の存在も楽しみに欠かせない。今回も独りオーケストラで「ぞうさん」を演奏してくれた。
4時間半近くをそれでも足りないというような熱気、一年間のため込んだ思いを練習の成果を爆発させるような勢いを感じる音楽祭であった。
(右の写真は八洲秀章、松村美和子、下が鳴海日出夫)
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