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2015年02月11日20:14

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光る風

 「がきデカ」で知られる山上たつひこの初期作品「光る風 完全版」を読みました。

 想像を絶する内容で、とにかく驚きを禁じ得ませんでした。本作発表当時の山上は二十三歳だったそうですが、今、同じ年代の新人作家がこういうのを描いても出版する会社があるかどうか。
 肥大し暴走する国家権力、言論・思想の徹底した弾圧、収奪され踏みつけにされても何も考えることなく唯々諾々と権力に従う国民、日本の軍隊(=自衛隊)をいいように使い回して自国の国益拡大を図るアメリカといったものがここまでストレートな形で描破されている長編漫画作品って、他にあるでしょうか。

 何しろ四十五年前の作品なので、登場人物の設定や配置などはかなり図式的で、その点においてはやや「古さ」を感じずにいられません。。
 軍事エリートの家庭に育った兄弟が国への忠誠か個人の自由かで争うとか、国家のあり方に疑問を持つ教師だとか、良心的な「芸術家」の存在だとか、まるで山本薩夫の「戦争と人間」みたいで、読んでいて少々気恥ずかしくなります。

 ただ、この作品の凄いのは、ここにもう一つの「勢力」を配置していることです。
 米軍の細菌兵器によって肉体を蝕まれ、奇形人間になってしまった人々とその子孫によって組織されたテロ集団がそれです。
 彼らは米軍だけでなく、自分たちを隔離し見捨てた日本政府に大して激しい憎悪を向けると同時に、通常の社会が持つ平等の概念をひっくり返そうとします。「困窮から来る絶望感」を武器にして。
 貧困や窮乏がもたらす暴力性の恐ろしさは、すでに私たちも見聞しているはず。その一例はあの秋葉原無差別殺人です。ここに差別や弾圧に対する復讐という負のエネルギーが加わったらどうなるか。考えただけでも恐ろしいではありませんか。


 本作の帯には「明日の日本を予見した衝撃のポリティカル・フィクション」とありますが、果たしてこれは本当にフィクションなんでしょうか。
 今の日本はひょっとしたらフィクション作品などとっくに凌駕してとんでもない方向に舵を切っているのではないかという気がしてなりません。
 政権担当者が重工業関係者を引き連れて紛争地帯を歩き回ったり、自衛隊の海外派遣を恒久的に可能にしようとしたり、憲法を無力化して戦争への参加の道を拓こうとしたり等、ここ数年の日本の状況はおよそマトモとは思えません。
 「光る風」は、東京で発生した大地震を利用して政府が戒厳令を敷き、国民がまだわずかに持っていた良識や人権を根こそぎ奪い取って新たな軍事国家を実現させるというところで終わっています。

 こんなディストピアがもしかしたら意外に早く現出するのではないか、という不安を増幅させずにはおかない恐ろしい作品ですが、本作はそんな今だからこそ再評価されるべきでしょう。
 
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