あまりの幸福感に、涙が止まらなくて困りました。なぜなんだろう?
「ONCE ダブリンの街角で」のジョン・コーニー監督の新作「はじまりのうた」、心にしみる傑作でした。音楽にはてんで疎い私ですが、こういう音楽映画は本当に大好き!
メジャーになったミュージシャンの恋人に裏切られたヒロインのグレタ。NYで久しぶりに出会った音楽仲間のスティーヴに連れて行かれたライヴハウスで一曲歌う羽目になった彼女に注目したのは、落ち目の音楽プロデューサーのダンでした。
何とか彼女をデヴューさせたい! でもダンにもグレタにもお金がなく、デモテープを作ろうにもスタジオが借りられません。そこでダンは一計を案じます。いっそ、NYの路上をスタジオにしちゃえばいい!
路上レコーディングというこの見事なアイディアに、私はすっかりヤラレてしまいました。街の喧噪も、周囲からのヤジも、全部曲の一部にしてしまおう。アルバム全体をライヴ感覚で覆ってしまおうというこの着想。ここには「音楽って本来こういうもんじゃない? スタジオで作り上げられた音楽もいいけれど、もっとナマっぽいものがあってもいいんじゃない?」という自由さがあります。
「Tell me if you wanna go home」という曲をビルの屋上で録音するシーンは本編中の白眉。ダンがレコーディングのために集めたのは、仕事のないミュージシャンや、かつて自分が育てたアーティスト、そしていろいろな事情から疎遠になってしまった実の娘。そんな彼らがグレタの作った曲のために見事な結束を見せ、最高のパフォーマンスを見せるのです。このシーンの素晴らしさは、もう、言葉では言い表せません。
この作品、とにかく出てくる人物が皆キュートなんですよね。
主演のキーラ・ナイトレイ(ほとんどノーメイクだったのでは?)はもう最高。最初は恋人の付き人のような存在に甘んじ、「いーのいーの、私は裏方に徹するから」と及び腰だったのが、スタジオとの契約交渉で「ほとんど口コミに頼って売ろうってのに、なんで私たちの取り分が10ドル中の1ドルだけなの?」なんて強気に出る女性に変わっていく様を見事に演じてみせてくれます。
そんな彼女のファッション・センスがまた、いいんですねえ。ダンから「トム・ボーイ」呼ばわりされるパンツ姿もいいけれど、寒色を中心にした横縞のワンピースの可愛いこと。ああいうの、日本の若い女性にも真似してほしいです。
グレタとは旧知のストリート・ミュージシャンのスティーヴというちょいデブ兄ちゃんもいい味出してました。傷心の体で部屋に転がり込んで来たグレタにお茶を出すシーンでは「砂糖入れる?」と聞いても無反応の彼女を気遣い、カップに向かって「おいしくなーれ」なんて言っちゃうんですが、それがなんだか妙に可愛くて。
グレタの破局を知っても邪な気持ちを持たず、飽くまで「音楽仲間」として彼女に接する彼の優しさ、見ていて胸がほっこりしましたよ。
「トゥルー・グリット」ではお下げ髪の女の子だったヘイリー・スタインフェルドがすっかり大きくなってたのには驚きましたね。本作では両親の不和や学校での居場所のなさからすっかりスネてしまった内向的な少女を好演しています。
そんな彼女が父親であるダンの勧めでレコーディングに参加し、少しずつ自信を持ち始めていくのが、なんとも清々しかったです。
いろんな事情ですれ違い、いがみ合ってしまった人。時流に乗れず、自分を見失ってしまった人。そんな人々の心を和らげ、結びつける「音楽」って本当に素晴らしい。
「音楽さえあれば、どんなに退屈な風景も意味のあるものになる。真珠のように美しくなるんだ」という台詞には、ロクに楽譜も読めない私のようなド素人も思い切り胸を打たれてしまいました。
うーん、久しぶりに「ONCE」観たくなってきたなあ!
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