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2014年11月20日18:04

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フランク永井の股旅もの「沓掛子守唄、遊侠一匹」と映画

 フランク永井はタキシードと夜の歌がお似合いなのだが、歌った歌の幅の広さは昭和の男性歌手ではとびぬけたものであった。フランク永井のカラーが「酒と女と失恋と夜霧」のようなもので一色のイメージが残されているのだが、記録の全容をよくみれば驚くほど多彩だ。
 もともとが当時ジャズのひとことでくくられていた洋楽に入りこんでいたのも有名なことだが、クリスマス(1959:EV-123-フランクのクリスマス)がある。民謡とか音頭系も多数出ている(1957:V-41700-昭和炭坑節〜1966:SV-399-東北音頭、1966:LV-212-フランク民謡を歌うなど)。戦争の悲哀に関連したもの(「戦友」「麦と兵隊」「帰還の日まで」など1975:SJX-8022〜31-大全集)。映画・ドラマ主題歌(およそ40本)。子供向け(1962:SLB-13-フランクおじさんといっしょ、1962-SLJ-5034-抒情組曲遠い日の歌〜こども風土記〜、1966:SJV−215−あなたに贈る幼き日の歌)が多数ある。
 どれを見ても歌手フランク永井の面目一如といったところである。一曲ごとに精魂込められた歌唱が聴ける。この幅の広さは、女性歌手では「歌姫、女王」といわれた美空ひばりにもあてはめられ、この二人がまさに時代をかざったのもその力量によるものだった。

 さて、少し経過したが1か月ほど前の10月16日にNHK-BSで1966年の東映映画『沓掛時次郎・遊侠一匹』が放送された。フランク永井が主題歌を歌っている映画だ。この映画は長谷川伸原作で加藤泰が監督、中村錦之助主演で池内淳子と渥美清が共演している。
 フランク永井の歌は薄く重なるように登場するが、この映画のメインは長谷川伸のストーリーであり錦之助の入りこみようだ。先に亡くなった高倉健が開いた任侠ものというか異様な世界の映画が活況をていし、かつて花形だった時代劇がすたてれいくのを感じて取り組んだと言われている。
 渡世人として生きていくことに嫌気を持つようなってからも、いったんふみこんだその世界から実際に抜け出すことのむずかしさ、悩みと苦しみ、そのような世界を描いたら当時第一人者の長谷川伸。一途さ、はかなさ、わびしさ、愚かさが観る者に響く。
 長谷川伸はこの沓掛時次郎をはじめ今に残る「中山七里」「関の弥太っぺ」「瞼の母」などの股旅ものの世界を開き、大衆文芸をすすめた。当然に映画やドラマも多く幾度も作られ演じられた。股旅ものとして流行歌の世界でもいちジャンルをつくった。フランク永井の後輩に当たる橋幸夫は「潮来傘」のヒットでデビューをはたし、その後佐伯孝夫作詞による長谷川伸の股旅ものを数多く出してはやらせている。
 フランク永井は1966:SV-397-遊侠一匹/沓掛子守唄をだしたが、橋幸夫は少し前の大映映画で市川雷蔵主演、新珠三千代、杉村春子、志村喬らのメンバーの作品「沓掛時次郎」(池広一夫監督)の主題歌(1961:VS-534-沓掛時次郎)を歌っている。

 長谷川伸の「瞼の母」はどは浪曲や演歌のかっこうの素材となりやがて歌謡浪曲にもつながった。村田英雄の「人生劇場」や三波春夫の「一本刀土俵入り」があり、中村美津子や島津亜矢が現役でいい味を出して演じている。二葉百合子の「岸壁の母」も忘れてはならない。
 フランク永井はこうした人情ものの歌謡浪曲の抒情歌版に挑戦している。1962年のデビュー10周年リサイタル(1966:SJV-179)で「歌謡組曲〜慕情」を演じ、第20回芸術祭大衆芸能奨励賞を受賞している。このリサイタルは三部で三時間近い大作なのだが、第三部で「慕情」(岩谷時子作詞、吉田正作曲、合唱東京混声合唱団)を歌った。長編組曲という試みでほぼ20分の長い曲である。
 フランク永井のこのときの朗々とした歌唱は絶賛された。ただの歌謡曲歌手ではないという実力をまざまざと示したものであった。当時のLP2枚組は一部と三部を再現したもの。
 なお、この「慕情」を3分ものを、その後フランク永井のカバーで人気のささきいさおが2010年「雪の慕情」で復刻、新曲としてリリースしている。
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