おとといあたりから何度となく地震雲の目撃情報を聞いてたから、ちょっとだけナーバスになっていた。もちろん3・11からちょうど3年半の日がまもなくやってくるということが、心のどこかにひそんでいたし。きのう甲子園にいるあいだも、いまここで大地震がきたら、みたいなことを何度か考えてしまった。球場そのものは頑丈だから崩壊しないだろうけど帰宅はどうしよう、などと。
甲子園には友人のクルマで往復、帰りの阪神高速で尼崎から大阪市内へ向かう、キタのビル群が遠くに一望できるあたりで何度となく稲光が夜空に走ったときはちょっとコワかった。かといって雨はいっさい降ってこない。これまた地震の前ぶれなのかと思い、阪神大震災のときの高速道路横転の光景が脳裡をかすめ、さらにコワさは増してきた。
自宅にもどるといままでそこには何も置いてなかったタンスのうえに、嫁ハンが衣装ケースを重ねていた。こういうことをした日にかぎって地震はやってきて、タンスのすぐそばで寝ている私は衣装ケースの下敷きになって…みたいなことを考えてしまった。大事には至らずも阪神大震災のときまさにそういう目に遭った知人がいたので。(かといって嫁ハンにどけろと言えず…)
ここまでくると一昨日のスーパームーンまでが、何か悪いことの起きる予兆ではないかと思ったりするから始末が悪い。最初書いたように3・11から3年半、そして9・11からは13年。まあこの不安な気持ちの連鎖は、自然災害やテロにたいする危機管理を常に心せよと、おそらくきょうのこの日に神様がわざわざ教えてくれているのだなと、前向きに考えたほうがいいのかも。
ログインしてコメントを確認・投稿する