ラケットは一度も握ったことがありません。だからテニスなどというと大学時代のあの軟弱・軽薄なサークル野郎のことばかり思い出すんです。ウチの大学にその手のサークルはクサるほどあったけど、正式なクラブではないから彼らは部室を持っていないんですね。だからいつも中央芝生からやや左奥まったところの広場が彼らにとっての“青春の語らい”の場だったんです。
そこはちょうど我が法学部教室群への通り道、私はいつもそのチャラい雰囲気を横目で見ながら、苦々しい思いとわずかながらのくやしさが入り混った複雑な気持ちとともに通りすぎていたのでした。まあその雰囲気になじめるかどうか以前にこちら極度の運動オンチという大前提があるから、どちらにしてもついていけないだろうと思っていましたけど。
大学1年の時の必須科目、体育の授業の最後の1コマはバドミントンでした。私は空振りをくりかえしてクラス全員の失笑を買いました。でもこれが小学生のころから10数年続いた、いやでいやで仕方なかった時間のオーラス、もうこれで一生体育の時間とはオサラバ、ハジをかくこともないかと思うとホッとしました。運動オンチの人間にふさわしいフィナーレだなあとも思いましたし。
だいたいここでテニスとバドミントンを一緒くたにしているところがすでに運動オンチ。でもボールにせよシャトルにせよ、勢いよく飛んでくる小物体をラケットで打ち返すなんてことは至難の業。野球のようにある一定の空間に球が飛んでくるならまだしも…。羽子板の習慣がお正月の光景からすっかり消えてしまったことにホッとしているきょうこのごろです。
ログインしてコメントを確認・投稿する