閉店した近所のスーパー跡地一部が「セリア」という100円ショップになっていた。柔らかい色調で統一された店内、ゆったりとした商品陳列。何も知らされずに入店したらまずは100円ショップとは思えないそのたたずまいは、雑然とした既存の100円ショップとはまったく別の雰囲気を醸し出していた。そしてこれは毎度のこと、“これが100円!?”という商品をいくつも発見した。
いつものように、これを100円で売るためには仕入れ値がいくらで原価がいくらで…などということを考えてしまった。さらに不当に安価な賃金で遠くの国のひとたちをこき使って…などというところまで想像はおよんだ。これって別に100円ショップにかぎったことではないのだけれど、手にした商品=100円という事実を目の前にするとどうしてもそこばかり考えてしまうのだ。
だからといってエラそうに100円ショップを全面的に拒否するつもりなんかはさらさらない。また逆になんでもかんでも100円ショップのお世話になる気もない。ようするにメリハリ、使い分けですね。百貨店・モール等の商業施設・スーパー・個人のお店・コンビニ・ネットショッピング…。そのワンピースとして100円ショップを活用するだけの話。
そういえば何かムシャクシャしたときに100円ショップに飛びこんで買い物をすると言ってた女性がいたな。きょうは1000円だけ使うときめて、なんでもいいから欲しくなったものを10点買いもとめると。これがけっこう安上がりなストレス解消法になると。う〜ん、あんがいお店の側もこのエネルギーを熟知していて、うまく逆利用してるんではないかと思ってしまうけどどうなんだろう。
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