もう何度も日記に書いていると思うけど、典型的な“昭和の企業戦士”そして世俗的なことにはまったく疎かったウチの父親にくらべて、“下町のフスマ屋さん(正式には表具師)”だった伯父はどんなことでも相手になってくれる父親がわりの存在だった。それは伯父夫婦に子供がいなかったせいもあるし、父親の海外単身駐在が長かったせいもある。それになによりお互いの住まいが歩いて10分もかからない距離にあったことが大きいかも。
買い物や学校の帰り、どこかへ出かけたついで、いつお邪魔しても配達で出かけていない限り伯父はお店にいて、私のすがたを見つけると作業の手を止め伯母と3人でお茶となるのがいつものことだった。朝、家を出ていったら夜遅くまで帰ってこない企業戦士とは大違い、伯父との時間が多くなるのは当たり前だ。そのフスマ屋も日本の家屋の変化とともにだんだんヒマになってくる。そう、みなさんのお宅にフスマ何枚ありますか?最近、フスマ紙を張り替えたりしましたか?
最後に会ったのはつい10日ほど前だったけど、その前の記憶をたどったら、3年前、私が一族郎党引き連れて甲子園で野球観戦をしたときだった。戦後すぐからの熱心な南海ホークスファンだった伯父は甲子園にまったくごぶさた、前回の観戦は金田が投げていた国鉄戦だったと言ったから驚いた。少年時代に何度となく大阪球場に連れてもらっているこちらとしては、あれが最後の伯父孝行、ちょっとは恩返しになったかなと思っている。
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