ユニークな歌謡曲番組放送で独走しているBSテレビ東京(以下BSテレ東)が、先日に日本歌手協会歌謡祭プレイバックとうたい、1985(S60)年開催の第7回歌謡祭のダイジェストを放送しました(BSテレ東が、関東地方だけの放送網の場合、ご覧になれない地域の方には失礼します)。
以前にもこのブログで紹介したのですが、ここでフランク永井が最初で最後の出演を果たしています。その貴重な映像が放送されました。
この回は、番組でも事前に目玉としてフランク永井をとりあげていますが、その際にもう一人あげたのが坂本九です。彼はこの年の驚くべき事件であった「日本航空123便」で不慮の事故にあいました。
同じ年に奇しくも舞台を降りた二人の出演する映像記録だけに、たいへんファンから注目されていたもので、このたびの再放送は、期待を裏切らない番組となりました。
フランク永井は映像的にも最後となるような歌唱でした。坂本九は「見上げてごらん夜の星を」を熱唱しました。ちなみに、この大ヒット曲はフランク永井がみごとなカバーをしています。
さて、BSテレ東は「武田鉄矢の昭和は輝いていた」というユニークな番組が人気です。2013年に始まったようですが、翌年から「武田鉄矢の」を番組名につくようになりました。武田鉄矢の独特の語りとうんちくが面白いのですが、そればかりでないのは、取り上げるテーマが、しっかり昭和のポイントを押さえていることが、人気の土台になっていると思います。
先日は「悲恋・未練・道ならぬ恋の唄」という特番がありました。流行歌の多くは、まさに、これがテーマです。だから、どのヒット曲をとりあげてもいいようなものなのですが、戦前・戦中からこれはという曲で、かつ映像が残されているものを放送されました。
さすがにBSテレ東、というか、以前は「東京12チャンネル(略して12チャン)と呼んでいましたが、歌謡曲、流行歌を安定的に流して生きただけあって、映像記録の数も抜きんでています。BSテレ東ならではの、珍しい貴重な曲が聴けました。
ここでは、武田のコメントなして、フランク永井の「君恋し」と松尾和子の「再会」が流れました。松尾の「再会」は、恩師吉田正の自薦の最高傑作といわれるだけに、聴いていて胸を打ちます。
この番組で、この夏特別に推したいプログラムがありました。それは「反戦歌平和を歌う歌」という週のものです。歌と反戦という、少し難しいテーマを、ずばりと真正面から扱いました。
ゲストは、写真のように小室等、新谷のり子、竹村淳(音楽ジャーナリスト)です。武田も彼らも登場したのはベトナム戦争の時代に重なるのだが、番組は先の対戦に関係している歌もちゃんと押さえています。
フランク永井とは深い親交もあった藤田まことが、舞台で「さとうきび畑」を熱唱しました。圧巻でした。初めて聞きましたが、彼の実兄が戦地に赴き、帰ってこなかったということが語られ、自宅に届いた手紙が紹介されました。当時、同じような経験をした家族は多かったはずです。
「さとうきび畑」は、有名な歌で、多くの歌手が歌い続けています。私は当時上条恒彦が歌声喫茶で歌っていたのが個人的に印象深く、記憶しています。確か彼のファースト・アルバムにあって(このときのタイトルは「サトウキビ畑」)、何度も聞いたのを覚えています。
敗戦の年の8月は、2発の核が日本で使われました。記念日はまもなくきます。コロナ禍という世界的なまるで戦時下であるようなロックダウン、緊急事態宣言下にあります。そうしたなかで、核や戦争の廃絶というまさに反戦が、多くの方々から語られる季節です。
番組を観て感じたことがあります。この忌まわしい戦争と、それを当時盛り上がっていた反戦への参加の行動から、彼らが感じたというポイントについてです。
一つは、歌手の新谷が歌った「フランシーヌの場合」の歌詞についてです。「ホントのことを言ったら、あまりにも悲しい…ホントのことを言ったら、オリコウになれない…」です。
もう一つは、小室等が最後に「当時は被害者として反戦歌を歌ってきたが、今は加害者としての目線をしっかり持つ必要もある…」と語っていたことです。
戦争というテーマは、あまりにも大きく、圧倒的過ぎて、ひとりひとりのレベルでは、無力でしかないという空気だといって、けっして言い過ぎではありません。そのなかで、紹介した二つのポイントは、考えるうえで、何か的を得たヒントを語っているように感じたわけです。
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