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2015年08月01日16:53

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「君恋し」が最初に作られて流行したときの歌手四人+1のオペラ歌手たち

 「君恋し」はフランク永井が1961(S36)年にレコード大賞に輝いたのだが、この曲は昭和初期にヒットした曲をリバイバル復活したことはみな承知のことと思う。そこで、その初期のころどう歌われたのかについて触れてみる。
 浅草オペラで有名な二村定一が1928(S3)年にレコードをビクターレコードで吹き込んだというのは知られているが、作曲家の佐々紅華が「君恋し」を作ったのは1922(大正11)年だ。作詞も彼自身がしている。浅草などの舞台で二村らが歌い口コミで知られていたようだ。二村のレコード吹込み時はすでに時雨音羽の歌詞になっている。オリジナルの佐々は後半のサビの「君恋し…」の箇所は残すようにと望み現在もそのようになっている。
 しかしどうも二村が吹き込んだのが最初ということではないようだ。すでに高井ルビーという歌手が1926年にニッポノホン(日本蓄音器商会)から、翌年オリエントレコードから発売している。これは残されている盤ではなんとSP2枚の組で、長いセリフが入っている。
 さらに二村の前に実はもう一人、オペラ歌手で佐々の妻となる木村時子がニッポノホンで吹き込んでいる。ということは、最初は高井ルビー、次が木村時子、そして二村定一となる。みなオペラ歌手だ。その後俳優の佐藤千夜子がビクターから二村の直後に吹き込んでいる。つまり、4人の歌手が共作のように競ってレコードをだしているのだ。
 まだ、蓄音機自身が高級高価商品であった時代だけに、レコードがどのように宣伝され、そしてどれほど売られたかの正確なことは知らないが、この「君恋し」という曲がいかに画期的な曲であったかは伝わる。
 写真は二村定一、佐藤千夜子、木村時子、高井ルビー。

 オペラ歌手と言えば頭をよぎるのは田谷力三だ。昨年の懐かしのメローディーで彼の歌唱映像が流されている。当然田谷も舞台では何度も「君恋し」は歌ったものと察せられる。彼のように名を残した歌手は発声練習と体力の維持は怠ることがなかった。すばらしい堂々とした歌であったともう。
 「宵闇迫れば」と題名を勘違いして覚えていたというフランク永井。リバイバルブームと言うか日本の古くから歌い継がれてきた曲の不朽にも関心が深かったという。そして寺岡真三編曲でレコード大賞を手にした。レコード大賞では現在はカバー曲が選考の対象になることはないのだが、当時はフランク永井のオリジナル曲としてのフレッシュさに、だれもが「カバー」だとは指摘を忘れる?ほどの素晴らしいものだった。フランク永井人気を決定づけた曲として、「有楽町で逢いましょう」とともに「君恋し」が代表曲と言われている。
 後年には藤山一郎はもちろんだが、男女問わず数えられないほどの歌手のカバー曲になった。台湾、朝鮮は今でもガンガンと歌われているとも聞く。ポルトガルやスペイン語版もあるという。
 「ジャズ」風といい、「君恋し」という曲名も洗練されていて、何ともすごい曲を先人たちは残してくれたものである。
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