「あべのなんてPLの花火を観るときか、近鉄バファローズの試合を藤井寺球場で見るときぐらいしか行ったことないわ」―かって大阪の北部あるいは京都・神戸方面にお住まいのかたにとって、あべのはそういう存在でした。何度も書いていると思うけど、我々大阪南部に住む人間がキタの繁華街に行く機会ほどには、北部にお住まいのかたはあべのに来られていないのです。
しかしハルカスの出現によってその構図は変わりつつあるのかも。とにかく一度あべのを見ておこう、そんなひとが増えているのかもしれません。おそらくおとといの夜は、ハルカスダイニング全面ガラス張りの南側通路から、はるかかなたに浮かんでは消える何万発もの花火をながめていた大阪北部のかたも少なからずいたに違いありません。
ハルカスの高さはビルとしては日本一。PL花火の打ち上げ数もたぶん日本一。しかしながら近鉄バファローズは日本一の栄誉に輝くことなくその生命を終えてしまいました。かなり強引な解釈をすれば、ハルカスの完成こそ近鉄グループが自前の球団を消滅させたことによってもたらされた、企業内経済効果(まあ資金繰りですね)によるものかもしれないのです。
さらに強引な解釈を押しすすめると、バファローズの日本一を犠牲にしてハルカスが日本一になったとも言えるわけで、ハルカス300mの偉容はかっての近鉄ファンそして選手たちの涙の集積でもあるわけです。ここはぜひともハルカス内のどこかに“近鉄バファローズ・メモリアルコーナー”なるものを置いていただきたいと、ふと思ったきょうこのごろでありました。
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