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2025年09月22日13:30

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おかゆ、日立市から「ふるさと大使」を委嘱

 徳光和夫番組でともに司会を担当しているシンガーソングライターのおかゆが、このたび日立市から「ふるさと大使」を委嘱されました。9月18日、小川春樹市長から正式に委嘱状が手渡されました。日立市は昭和の大作曲家吉田正の生誕の地です。フランク永井、松尾和子をはじめ、先日亡くなられた橋幸夫など多くのビクターの歌手を育ててきたことで有名です。
 吉田正の作った歌を歌い継ぐということ、全国に広げていくことをおかゆはあらためて仰せつかったというわけです。吉田正は、歌は永遠の命を持っている。未来を照らす光となり、人々が心豊かに、平和に暮らす世の中になることを願ってやみませんでした。最愛の愛弟子であったフランク永井が1985年突然に舞台をおりましたのを惜しみつつ、3年後の1998年に77歳で亡くなりました(フランク永井は2008年に76歳で永眠しました)。
 政府は吉田正の功績をたたえて、国民栄誉賞を授け、日立市は名誉市民として表彰しました。2004年には「音楽の塔」をイメージして最高の見晴らしを誇るかみね公園の頂上に吉田正記念音楽館を建てました。
 吉田正が亡くなってからすでに四半世紀経ちます。昭和歌謡のなかに都会派ムード歌謡という独特の分野を切り開いだただけでなく、リズム歌謡、青春歌謡と幅広いジャンルに挑戦されました。
 演歌というのが歌謡界の主流を走っているのは現実ですが、演歌でない歌謡曲の一つの世界を作った功績は称えられます。日立市では、その吉田正の曲をこれからも讃えていこうという意図をあらためて表明したのが今回のおかゆへのバトンでした。
 それを受けておかゆは、ギターの弾き語りで「有楽町で逢いましょう」「いつでも夢を」など数曲を披露しました。最後に「吉田さんの曲は戦後まもない時代に多くの人の気持ちを盛り上げるものだった。しっかりと歌い継いでいきたい」と話していました。
 吉田正記念館では、橋幸夫が亡くなったのをうけて、追悼の記帳所が設けました。さらに、10日には「みんなで歌おう歌声喫茶」を開催し、吉田正、橋幸夫を偲びました。
 (写真右は、吉田正音楽記念館の5階展望カフェからの壮大な昼と夜の展望です)
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