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2025年07月29日16:53

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Nationalステレオ・プレーヤ視聴盤あれこれ

 現代では何も、誰も驚きもしないが、音楽のステレオ化ということは、フランク永井が活躍した時期には「大変な、革命的なできごと」でした。ビクターは当初から松下電器のステレオ・プレーヤの発売と提携していて、プレーヤの発売にEPサイズの視聴盤を提供していました。
 数日前から、所有している盤の虫干し、というか状態のチェックを試みていて、そのときに視聴盤が数枚あるのをみて、ふと書いてみた次第です。1955(S30)年デビューのフランク永井は、当然デビュー曲の「恋人よわれに帰れ」はモノラルのSP盤です。
 3年後に「悲しみよこんにちは」(AS-6012)「西銀座駅前」(VS-93)から、EP盤になりますが、まだモノラル盤です。EP版を主流にしながらも、SP盤は並行して作成され発売されています。しかも、初期のSP盤についても、遡ってEP盤が製造発売されています。SP盤が終了したのは1960(S35)年の「鈴懸の頃」(V-42000)です。
 モノラルEP盤が終了するのは1964(S39)年です。そしてステレオEP盤はビクターでは橋幸夫の「あゝ特別攻撃隊」をA面、フランク永井の「太陽は撃てない」(SV-1)で開始しました。ちなみに、松竹映画「あゝ特別攻撃隊」は公開されなかったようです。
 前置きが長くなりましたが、このときからステレオ・レコードの時代が開始されます。レコードを聴く方は当然ながら、プレーヤーがステレオに対応していなければ、従来のモノラルでしか聴けません。レコード会社は、ステレオ・プレーヤの発売を必死で推奨することになりました。ビクターではポータブルなものから、ドーンと据え置きの大型装置まで松下電器製品と提携しており、数十種類のビクターの「視聴盤」が添付されました。
 虫干しで出てきたのは写真のごとく、数種類です。視聴盤の基本は、ステレオ装置の音の再生を解りやすく解説したものです。例えば、汽車が近づき遠ざかるのを実感する例、左右のスピーカーの音量を、中央で聴いたときに最適化すると言ったものです。当時ラジオでも「明るいナショナル」というのを耳にタコができるほど聴いたと思いますが、この曲が入っていたりもします。
 これを基本にして、他に流行歌、童謡、邦楽、ポピュラー、クラシックからいくつか聴かせどころ(長い曲は全部入れられないから)を選曲しています。当然視聴盤はEP45回転で、その長さで収められています。流行歌で最も多用されたのはダントツでフランク永井でした。「有楽町で逢いましょう」「夜霧の第二国道」「街角のギター」「西銀座駅前」「こいさんのラブ・コール」「哀愁ギター」…。もちろんですが、これらの原曲はモノラルなので、いずれもこのため(実際は、ビクターが新規吹込みステレオ盤の売り出し)にステレオ録音をしたものです。
 さて、その視聴盤にフランク永井の「兄弟星」(宮川哲夫作詞、渡久地政信作曲)という曲が入った盤(PRB-7011)があります。33回転です。A面=1:ハレム・ノクターン、2:兄弟星、B面=1:バランス調整時刻音、2:汽車の音、3:有楽町で逢いましょう、4:通りりゃんせ、5:サンセット77。
 私が「フランク永井データブック」を編纂した時点では「兄弟星」の情報はここまででしたが、その後「兄弟星」はA面に「夫婦」(井田誠一作詞、利根一郎作編曲)、歌手は多摩幸子+藤田功、藤本二三代+三浦洸一、菊池章子+灰田勝彦。SVS-12として盤が発売されていることがわかりました。二曲ともに第15回芸術祭参加作品となっています。
 この盤はフランク永井のレコード盤では、ファンが最も入手が困難な盤の1枚になっています。
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