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2025年02月02日11:53

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小説海原三幸著「霧子とタンゴを」はいかがだろうか

 フランク永井の恩師吉田正が作詞作曲した「霧子のタンゴ」1962:VS-361A。ビクターヒット賞(発売1年間で5万枚を超えた)に輝き、フランク永井の代表曲の一つです。この曲の出だしは低く、平坦で非常に歌いだすのが難しいようです。フランク永井に対して恩師は数多くの曲を提供しています。フランク永井が「魅惑の低音」をキャッチにして大スターになったのは、恩師吉田正が切り開いた都会派ムード歌謡のジャンルがあったからです。吉田の想いを表現できるのはフランク永井以外にいないと断じて、フランク永井に思いを集中的に注ぎ込んだのです。
 「私の持つすべてをフランク永井に与えた」と言っています。吉田メロディーはたいへん素直でわかりやすく、歌いやすく、実際に多くの歌手を育て、社会に受け入れられました。だが、都会はムード歌謡という吉田が切り開いた分野は、社会的に初めての衝撃的なものであっただけに、独特のムード、ニュアンスが織り込まれていて、それを表現しきれる歌手は多くいません。だが、フランク永井は恩師の深く厳しい指導を受けて真摯に向かい合い、その表現者として見事に果たし抜きました。
 1962(S37)年と言えば、前年に「君恋し」でレコード大賞を得た翌年で、フランク永井も乗りに乗っていたときでした。それでも、これで良しとしない恩師は真剣勝負でフランク永井に挑んだのが「霧子のタンゴ」ではないかと思います。最大の愛弟子にたいして自ら作詞し作曲して、まるで挑戦状をつきつけるような試練の鞭をはなったのです。この難題をフランク永井は受けて格闘します。その結果が彼の歌唱する「霧子のタンゴ」です。
 出だしが勝負と指摘したのは別項でも書いたが駿河ヤマト。フランク永井はこのフラットな出だしを独特の味のある低音で、さりげなく、そして確実に歌いだします。見事に恩師の挑戦に応えたのです。後に台湾公演のライブのことをフランク永井が話していますが、歌詞は「好きだから別れた」とか「逢いたくてとてもとてもとても」「愛してるいまもいまもいまも」とか抽象的で整理のつかない文言でできていると。この「フラット」をいかに感情込めて「高低」表現するのか。北島三郎が代表するような演歌歌手は天性のこのテクニックを使っていて「与作」を歌いこなしている。
 やや分野がことなる都会派ムード歌謡で、フランク永井は「霧子のタンゴ」で表現しきった。何度聴いても見事です。台湾公演では放送局のリクエストによってこれを英語で歌っています。英訳はフランク永井自身が苦労してやったといいます。1977(S52)年に2回目のリサイタル「輝ける21年の足跡」を公演しています。この中で「霧子のタンゴパート2」というのを披露しています。これもたいへん印象的な曲です。
 さて「霧子のタンゴ」にはさまざまな思い出がありますが、その中で表題の小説海原三幸著「霧子とタンゴを」というのがあります。3年前に出版された書籍です。自費出版の感じがします。タイトルが目について読みました。帯を紹介します。
 【「霧子はここに居ますよ!」今にも駆け寄って、その胸にしがみつきたい気持ちを懸命に抑えて心の中で叫んだ。どん底から這い上がる霧子に、手を差し伸べるのは妻子ある中年男性。その愛、いつでも忘れ得ぬ人。夢の中の二人はタンゴを踊った。互いの手と手を合わせ、もう一方の手は優しく背中に回し、相手が二歩前進すれば自分は二歩後退する。身体どうしは一定の間隔を開けたまま接近するが、接触することのできないもどかしさ】
 「霧子のタンゴ」の詞をよく読み、その雰囲気を底辺に押さえて書かれたほほえましい内容です。よく書かれていると思います。フランク永井ファンとしてはこのような形で表現してくださったことに感謝いたします。
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