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2026年01月31日11:01

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ムード歌謡の女王松尾和子のすべてBSテレ東「武田鉄矢の昭和は輝いていた」

 1月30日BSテレ東「武田鉄矢の昭和は輝いていた」で、松尾和子が特集されました。
 松尾和子は言わずと知れたフランク永井の盟友です。フランク永井が力道山のクラブ・リキで歌う松尾和子を観て彼女の声と歌唱に惚れ、恩師吉田正に紹介し、ビクターから華々しくデビューしたことは有名です。
 デビュー曲は「グッド・ナイト」で当時売れ売れのマヒナスターズとの競演。裏面がフランク永井とのデュエット曲「東京ナイト・クラブ」というきらびやかさです。発売されるや注目が集まりヒットし、異例にもB面に収めた「東京ナイト・クラブ」も人気を呈していったのです。
 武田の「田舎では絶対観られない都会の女性」という言葉に表現される松尾和子は、どんな歌手だったのか。これはさまざまな書籍などでは部分的に紹介されたことはありましたが、今回はじめてちゃんと綴ってくれました。
 とにかくビクターが誇る美人歌手陣のひとりで、映画でも活躍します。後年は「仁義なき…」「極道…」といった当時流行の映画に出ていますが、初期の「初春狸御殿」が好きです。市川雷蔵と若尾文子がメインだが、幾人かのお姫様に私の好きな神楽坂浮子、藤本二三代、松尾和子が登場して喜ばせたのが印象的でした。
 ビクターの美人歌手三人もそうなのですが、歌はうまい。しかし、そうそうヒットは続きません。松尾を蘇らせたのは「再会」。これはファンも驚いた。何と歌の世界ではほとんどタブーでもある監獄にいる人への想いを歌ったもの。恩師吉田正は「多くの曲を作ったがこれ以上の曲は作れない」といったほどの傑作。逆に言えば、松尾和子であったから表現できた曲でした。
 吉田正、フランク永井、松尾和子らが活躍した時代は、戦後の大復興期ですが、社会はまだまだ過酷な戦争の影を背負っていたのです。吉田正はシベリア抑留、フランク永井は米軍キャンプ、松尾和子は満州。戦争は人びとに社会的な強制をします。究極の理不尽を突き付け、心の奥に深い傷を残します。
 松尾の場合は転々とする生活、歌手になっても盛隆と低迷を経験し、ぐれる息子に手を焼きます。何をしても心の穴は満たされません。一時レコード会社も変えます。宗教にも走ります。
 ヤクで手配から逃げ回る息子を逃がします。松尾は満州マフィア家系の安倍晋太郎の屋敷に住みます。邸内にめぐる迷路が使われました。かいなく愛する息子は若くしてなくなる。「再会」は自分の体験と重なります。再会の作詞は佐伯孝夫がカフカの小説からヒントを得て書いたと言われています。武田は自分が出演した映画でもある「幸せの黄色いハンカチ」を連想したと語りますが、私はいまも多くの人をひきずる戦争の影でした。
 若くしてレイモンド・コンデのジャズバンドで歌うという経験をするのですが、幸いにもここで激しく厳しい歌手としての訓練を受けます。最後まで歌手としての松尾の心を支えたのはこの時の揺るがない歌い手根性でした。
 今回の番組は「再会の朝」という続編の誕生までを紹介しています。実に誠実な取り上げ方でした。さすがテレ東、松尾について過去に取り上げており、その映像を残してくれていました。このような歌手が活躍していたのだということをよくぞ、とりあげてくれました。
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