午前中の早いめに行っておいてよかった。昨年一年間に納骨した檀家が対象、とにかくハンパない参詣者の数。帰り際に山門(正面入口)前を通りかかると(フォト中)、雨の中とんでもない行列、最後尾はなんと谷町筋近くまで延伸、いつもは怖い顔をしている山門一対の鬼たちも多くの参詣者にどことなく嬉しそうな顔をしていた。
受付にはじまり本堂での参拝でシメるまでほとんど流れ作業。納骨のさいとは反対に境内を時計回りに巡る。途中3列になったり4列になったり、もし混雑がなければせいぜい10分足らずで完了する過程。最後には大広間での講話の時間が用意されていて参加は自由、このままあっさり帰るのもなんだか味気ないので畳の上に座って住職を待つ。
100人以上は集まったか、おもむろに住職登場。まずはそろって”南無阿弥陀仏”合唱。なんでも泉大津のお寺から派遣されてきた住職とか。ときおり”くすぐり”を入れつつ、身振り手振りを交えて柔らかい関西弁口調、(当たり前だけど)和装だけにどこか上方の落語家を想起する。全体的には仏教講座入門編といったところ。
後半には一篇の詩が読み上げられたが、なんとそれは英国の詩人・宗教家(もちろんキリスト教信者)の和訳作品。このあたりは創価学会以外はどんな宗派でもウエルカムの一心寺ならでは。最後に一句ということで、誰もがあの世に成仏するという意味で、”散る桜 残る桜も散る桜”、実にうまくまとまった講話だなと思いました。
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