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2021年06月28日15:21

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【訃報】原信夫 こころからご冥福をお祈りいたします

 原信夫がお亡くなりになりました。94歳の大往生でした。フランク永井と同時代をきらびやかに駆け抜けた盟友です。こころからご冥福をお祈りいたします。
 原信夫とシャープス・アンド・フラッツはフランク永井とジャズで深い交流があって、1970(S45)年の歌手生活15周年記念リサイタル「ある歌手の喜びと悲しみの記録」、1976(S51)年「輝ける21年の足跡」21周年記念リサイタルで、華麗な演奏を添えてくれました。
 フランク永井はもともとジャズ歌手を望んでいただけに、その後流行歌手として大歌手の道を歩みつつも、ジャズへの愛着は離れることがありませんでした。
 地方公演でも、リサイタルなどでも、かならずジャズをプログラムに入れて披露しています。進駐軍のキャンプを回っていただけあって、本場のリズムを身に着け、ジャズの奏でる軽快な世界を表現しています。
 見事と言っていい「16トン」とか「オール・オブ・ミー」「アンサー・ミー・マイ・ラブ」など、彼の歌への入れ込みもすごいものですが、世界的に誇れる歌唱が楽しめます。いくつもジャズアルバムが発売されています。近年では「フランク、ジャズを歌う1,2」「ザ・カバーズ〜ジャズ・スタンダード」などがあります。
 このフランク永井が原信夫と相性が悪いわけはありません。前田憲男などもお仲間でした。前田もそうですが、原もジャズの世界だけではなく、歌謡界の世界でも大きな貢献をされています。前田はフランク永井のカバー曲の多数の編曲をしました。「誰よりも君を愛す」「アカシアの雨がやむとき」はときどき聴いています。
 原信夫とシャープス・アンド・フラッツは、江利チエミとか美空ひばりとも演奏で多数の共演をしていますが、多くの人の記憶にあるのは、当時のNHK紅白歌合戦での演奏でしょう。
 1963(S38)年から9回紅組の演奏を担当しています。もちろんですが、当時のNHKの歌番組の演奏の常連でした。
 昭和歌謡とくくられる戦後の一時代(実際の昭和は戦前、戦中を含む)、荒廃した街が次つぎと復興されます。活気がみなぎります。歌で癒され、みんなで聴いて励まされた、そのような時代です。輝いていました。
 その時代の歌謡曲やジャズをリードした原信夫に感謝します。

 中心の写真は、フランク永井とジャズ仲間、原信夫と演奏仲間です。この仲間との語らいのひとときは、お二人とも何とも言えない満悦の表情で満たされています。

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