ついにその意向を固めたとのこと。横綱としてちょうど7年、ただしここ5場所は連続休場。横綱審議委員会から「引退勧告」一歩手前の「注意」を受けていたところ。取り口に派手な部分がいっさいなく、気がついたら相手が負けていた、みたいな展開の多いまさに玄人受けする力士。優勝6回は立派な数字だと思います。
平幕をウロウロしていたころは、まさか横綱いや大関にもなるなんて夢にも思わなかった。大力士特有のオーラみたいなものがまったく感じられなかったので、せいぜい三役止まりがいいところだと。そのキャラだけをとらえたら、江戸時代から現在まで、70人あまりにおよぶ歴代横綱のうちでもっとも目立たない地味な存在かも。
ところが人格者という面では歴代横綱でもトップクラス。モンゴルからやってきた先輩横綱たちを反面教師にしたのか、つねに穏やかで優しい人柄は誰にも好かれたとのこと。そして日本語会話と読み書きが過去・現在すべてのモンゴル力士のなかで群を抜いて一番。関係あるのかどうか、父親は国文学(モンゴル文学)の大学教授とか。
入門の際に鶴竜自身が完璧な日本語でしたためて相撲部屋に宛てた手紙は、やがてまちがいなく話題になるはず。年寄「鶴竜」襲名はたぶん一時的なもの、おそらくやがては名門井筒部屋の総帥となり、キャラから考えて理事長をサポートする事業部長あたりの立場で相撲協会を支えるのかと。とりあえずは20年の土俵人生、お疲れ様でした。
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