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2020年10月16日15:00

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追悼 筒美京平 忘れられないフランク永井アルバム、歌謡組曲「旅情」

 筒美京平がお亡くなりになりました。こころからのご冥福をお祈りいたします。
 筒美京平は昭和歌謡の世界で格別な存在だったといえます。
 「また逢う日まで」「さらば恋人」「木綿のハンカチーフ」「魅せられて」「ブルー・ライト・ヨコハマ」…と、それらの曲は恐らく誰もが口ずさめるのではないでしょうか。筒美はビッグ過ぎて他を寄せ付けないほどのヒット作品を残しました。だが、あまりマスコミに登場することはなかったような印象があります。

 フランク永井ファンとして、筒美の名を聴いたときに、連想で思いつくのは、歌謡組曲「旅情」のアルバムです。同時にこのアルバムもそうですが、作詞家橋本淳とのコンビです。
 いまどき、ネットで検索しても、筒美京平とフランク永井の関連は、ランクが低く関連して取り上げられることはほとんどありません。
 1969(S44)年の芸術祭参加作品として企画して作られたのが「旅情」です。フランク永井は長編歌謡組曲で1966(S41)年にも「慕情」でエントリーしています。
 いずれも、ファンは聴いてびっくりしたものです。それはフランク永井の歌手としての幅の広さ、特にオペラか何かの歌手のように、堂々とした正統な歌唱を披露していることです。
 男女の愛と別れを唄う歌謡曲歌手としてではない、唄の表現をしたものでした。フランク永井は洋楽だけではなく、民謡とか子供向けとか、とにかく歌の別世界に足跡を残していますが、この「旅情」ではまた別のフレッシュな印象を出しました。
 このアルバムは全曲を橋下淳が作詞しています。有明春樹が筒美とともに編曲を担当しました。

 旅情/白夜の街/ローマの祭/夕陽は燃えて/霧
 オランダ物語/運河の女/ひとり静かに/美しき伝説/愛の灯り

 当時ナレーションの第一人者である小山田宗徳が富田恵子とともにストーリイを導き、ドラマが展開されます。主人公新聞記者が西洋の著名な都市を回ります。好きな人がいます。国には妻が旅の帰りを待ちます。「ひとり静かに」は「城千景」が歌います。
 語るように歌うということが、フランク永井の巧みな歌唱で、みごとに表現された作品です。

 このアルバムの制作をきっかけに、その後筒美京平・橋本淳のコンビで、いくつか作品をフランク永井は唄っています。
 翌年「ルイという女」。1972年には「ほんとは好きなのに」。1972年末のNHK紅白歌合戦で、当時人気のニニ・ロッソのトランペット演奏を伴った「君恋し」で話題をさらいましたが、この後ローマに飛んでアルバム「ニニ・ロッソと唄う〜君恋し」(SJX-133)を吹き込みました。
 このアルバムで「ミッドナイト赤坂」「別離のバラード」の筒美京平作品を収録しています。このアルバムはビクターヒット賞受賞作品になりました。

 一方、作詞家橋本淳が上記作品以外にフランク永井に提供した作品を紹介します。「旅情」を作った年に、大阪ABCホームソングで「紅いバラ」を唄いました。
 この作品は埋もれてしまっていて、2009年の「歌声よ永遠に」CD-BOX(VICL-333)で発掘紹介されました。
 シングル作品では「おもかげ」(1971)「ミッドナイトTOKYO」(1971)。「振り向いてはいけない」(1979)「追憶」(1981)です。
 1973年、先の「君恋し」と同じ年に発売されたアルバム「横浜・神戸・長崎〜港を唄う」で、橋幸夫の「京都・神戸・銀座」と西田佐知子の「神戸で死ねたら」のカバーを歌っています。

 橋下淳も筒美とともに残した作品の偉大さは歴史的なものです。独特の色、雰囲気を持っています。フランク永井の関係ではどうだったのだろうかと、ときとき思います。フランク永井は詞とメロディーの解釈にそうとう悩んだのではないだろうか。
 あらためて曲を聴いてみると、しっとりとした表現で、恩師吉田正とはことなるものを感じます。だが、そこは、多くの彼のファンが求める世界のニュアンスがあって、その作り出される空気を受け止めることに、ギャップがあったのかも知れない、と。
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