ズボラをして入れ歯をずっと着装したまま、いつのまにか自力で着脱できなくなり、さらに金属バネの部分が歯ぐきに食いこんで痛くなってきたと父親。高齢者が多く住みクルマ社会の大阪狭山、長年行きつけのT歯科は往診も可能、できたら先生に自宅まで来ていただいて、治療のさいはこちらも一緒に立ち合ってくれと。
往診治療ツール一式が入ったかなり大きめの工具用ハードケースと、やはり器材で一杯になった洗濯物カゴのようなプラケースを両手に抱えてT先生はやってきた。歯科の往診なんて内科のそれより治療にずっと限界があるように思うけど、ともかくリビングが臨時の診療室、先生は冬場はこたつとなるテーブルの上にツール一式を拡げた。
「すいません、このライト当てといてくれませんか」どうやら今回私は助手という役割らしい。治療中私は小型の懐中電灯をずっと父親の口の中にフォーカスしていた。あとはうがい用の水を取り替えたりいろいろ雑用。それなりのツールを使うと入れ歯はすぐ外れた。ホンの一瞬だけ父親は痛かったようだけど。
「すくなくとも寝るときぐらいは入れ歯外しといてください、靴下と靴をはいたまま寝てるのと一緒です」先生は分かりやすいたとえで父親に忠告した。玄関先までお見送り、T先生はきれいなメタリックブルーのワーゲンゴルフにて来宅、ナンバーはちょっとこじつけにくいがなんとなくわからないでもない「80-80」だった。
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