昨年のきょうは平成最後の日。あの日は甲子園でナイター観戦をしたあとロイホで遅くまでしゃべっていたせいで、思いっきり走ってなんとか乗れた最終電車が"令和行きの最終便”に思え、もし乗り遅れていたら平成に取り残されたままだったか…そんなことを考えているうち、駆けめぐる思いは昭和最後の日にまでさかのぼってしまった。
前夜(昭和64年1月6日)電話を通して友人とちょっとしたイザコザ、これは明日会って話し合おうと。あくるあさ昭和天皇の崩御を聞いたあと心斎橋まで出かけ喫茶店でイザコザは解決。せっかくだからこんな日のミナミを見ておこうと心斎橋筋商店街を南下。人出はあったしお店もけっこう開いていたけど、ほとんどの照明は消えて薄暗いアーケード。
グリコの看板は暗いままだったし、かに道楽のカニはじっとしたまま。そしてなによりまったく音が消えていたのが、あのふだん騒々しい界隈のことを思うと異様に思えた。やがて高島屋の前にたどり着いたら、そろってヘルメットとジャンパーすがたの左翼の集団が黙々とビラを配っていた。右翼が喪に服しているスキにということか…。
そしてあれから30年、同じ自粛ムード下と言えども、いまのミナミのほうがずっと異様な雰囲気。もちろんこれはテレビのニュース映像を通して見たものだけど。インバウンドのひとたちがあふれナンパするニーチャンがさまよう、あのにぎわいが早く戻ってきてほしい、薫風さわやかな日が続くGWといえど、ここのところはもうひとふんばり。
ログインしてコメントを確認・投稿する