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2019年03月30日10:39

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BSテレ東「武田鉄矢の昭和は輝いていた〜絶唱!伝説の歌手・藤圭子2Hスペシャル」を鑑賞

 武田鉄矢がナビをつとめるこの番組、これはと思うテーマが放送されるときは観てみる。なかなか聞いていて安心な番組だ。
 3月21日は表題の通り藤圭子が話題であった。
 当然、フランク永井との関係で見ていたのだが、歌がうまい歌手はカバーを多く残しているということで、フランク永井の「君恋し」を歌っていると紹介が移っていた。
 まあ、一般的にはそうなのだが、このブログで記したことがあるように、フランク永井は藤圭子のヒット作「命預けます」をカバーしている。そればかりか「圭子の夢は夜ひらく」にあて「フランクの夢は夜ひらく」を歌っていることを書いた。
 実はフランク永井が歌ったそれらはいずれも、カセットテープ版でPONYから発売された作品に入っている。前者は「フランク永井〜最新ヒット20を唄う」、後者は「デラックス20 フランク永井〜夜のムード」に収められている。
 そんなフランク永井と藤圭子の縁を思い出しながら観た次第。番組にゲストで出演して、藤圭子のエピソードを語ったのは、写真左から彼女の元マネージャー成田忠幸、同期の歌手辺見マリ、RCAのディレクター榎本襄。そして、彼女の歌に寄与したお三方。左は「圭子の夜は夢ひらく」作曲の曽根公明、中は彼女を見出し育て、多数の詩も書いた石坂まさを、右は「京都から博多まで」「女のブルース」作曲の猪俣公章。

 番組の局サイドの宣伝は次のように紹介している。
 【凄みのある歌声、独特の節回し、そして強いまなざし。歌謡曲ファンにとって忘れることのできない存在の歌手、藤圭子にスポットを当てる。平成25年にこの世を去り、今年は七回忌に当たる。/「演歌の星を背負った宿命の少女」というキャッチコピーでデビューした彼女の歌手人生とは、一体どういうものだったのか?/演歌の世界でヒットを連発した、作詞家・石坂まさをとディレクター・榎本襄氏によって行われたデビュー大作戦。「新宿の女」「女のブルース」「圭子の夢は夜ひらく」この3曲がヒットするまでの驚きの戦略と秘話が明かされる。また、藤圭子の一番近い存在の兄弟子でありマネージャーであった成田忠幸氏が語る彼女の素顔と数々のエピソード。さらに、デビューが同期の辺見マリが相談されたその内容とは!?/若き藤圭子が語る貴重なインタビュー映像や、その圧倒的な歌唱映像で藤圭子の魅力に迫る2時間スペシャル!!】

 「夢は夜ひらく」は薗まり他が競作で多数歌っている。藤圭子の場合は「圭子の…」とわざわざ題名に歌手名がついている。彼女に歌わすのであれば、歌詞が藤の印象と会わない。これでは売れないと、石坂がその場で彼女用の歌詞を書き換えたという。確かにこれがあたった。彼女ならではの雰囲気になっている。
 同様なことはフランク永井に歌わせるときもあったのではなかろうか。だが、PONYのこちらはちょっと落ちる(失礼!)。
 さて、番組では藤のオリジナル曲ばかりでなく、カバーも多く紹介している。「カスバの女」「波止場だよ、お父つぁん」「アカシアの雨がやむとき」「リンゴ村から」「女の意地」「雪國」「おんなの宿」「番場の忠太郎」「雪の渡り鳥」と、驚くようなバラエティ豊かな選曲。
 「雪國」「おんなの宿」などは彼女のオリジナルとして出しても十分にいけると思える印象を受けた。また「番場の忠太郎」だが、これは歌謡浪曲で筆者の好きなフィールド。せりふ回しがいい。1979年の企画作品アルバム「歌謡劇場」に収められている。
 歌謡浪曲と言えば二葉百合子も有名だが元祖創作者は三波春夫。彼の忠臣蔵シリーズはスカッとする。あの活舌の良さは誰もまねできない、と感心ばかりなのだが、番組では彼が藤に関心を持ち、歌を聴いて称賛していたという。最初は彼女の両親が三波と同じ浪曲師であったことからだという。その子として子供時代から親について全国を公演し、いつの間にか舞台で歌うようになっている。そしてその藤の子が宇多田ヒカル。DNAのなせる業か、いややはり根性と努力だったのだろう。
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