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2017年05月13日13:57

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フランク永井が歌うなかにし礼作品14曲をあらためて聴く

 ガンの病に2度まで立ち向かい克服したという作詞家なかにし礼。80歳を越しても現役で活躍を続けている。なかにしはいうまでもなく、昭和歌謡を輝かしたトップクラスの貢献者だ。
 彼はここ連続してテレビ・新聞で露出している。長時間歌謡番組でかつてないほど時間をさいて、自らの歌への心情やエピソードを披露している。また、新聞紙上では彼の身上である平和と自由の立場から見解を語っている。日本を覆う閉塞感の原因のひとつになっている安倍政権の提起している「改憲」や「共謀罪」についても、遠慮ない指摘をしている。
 なかにし礼が多くのヒット曲を残したがそれらの歌には、平和や自由について自らが体験した事実に対してのまったく別の視点から抽象化してつくりあげた歌詞があり、背後にあるものが人のこころを揺さぶるのだろうと語っているのが、印象的だった。
 愛の歌、別れの歌、悲しみの歌をその抽象的なことばから、聴く者がそれぞれの体験で培われた感覚感情というフィルターを通じて受け止めるのだという。
 聴いていてなるほどとうなずくところが大であった。

 著者はなかにし礼作品についてはフランク永井を通じてしか購入することはないのだが、近年に手に入れて聴いたのは「世界は俺が回している」と「なかにし礼と13人の女優たち」。前者は大げさに見えるタイトルに引かれたこともあるが、これは以前に産経新聞に連載された小説(TBSプロデュサー渡辺正文の生きざまを描いた)で、CDはそのイメージ曲集だ。後者はそのままなかにし曲をあつめたもの。
 そのなにしは当然だが同時代のフランク永井にも歌詞を提供している。
 最初は1968年で「つかの間の恋」「異邦人」。シングルレコードの両面。久保田早紀による同名の「異邦人」は1979年に大ヒットしているが、およそ10年前のフランク永井作品はあまり注目されなかったようだ。
 次には1976年「生命ある限り」「香港ブルース」が提供されている。タイトルで分かるように、生命ある限りは恩師吉田正の歌を追求する姿勢を自ら表した言葉で、それを愛弟子フランク永井に自ら作曲して打ち出したレコードだ。聴けばそうした思いが込められたいい作品である。サキソフォンが鳴り響く「香港ブルース」も含めてあまり人気を得るまでにはいたらなかったものの、独特の雰囲気がある作品だ。
 1983年に大ヒットが生まれている。「旅秋」「さよならは左手で」。旅愁という名の曲を以前にだしているが、なかにし作品は「愁」は「秋」だ。このレコードの両面共に吉田正作曲。「旅愁」は大人の旅の奥深い哀愁を歌った傑作でいまでも多くの人がカラオケで挑戦する人気曲だ。
 フランク永井の残した歌のおよそ半数がカバー曲であるということにあらわれているように、他の歌手が歌ったなかにし礼作品をカバーで歌って残している。
 なかにしが石原裕次郎と偶然巡り合ってその後さまざまな世に知れた作品を残しているのだが、出会い後に初めて裕次郎に持ち込みロス・インデオスが歌った「涙と雨に濡れて」。またペドロ&カプリシャスが歌った「別れの朝」。菅原洋一に提供した「今日でお別れ」…。
 これらカバー曲なのだが、フランク永井が歌うとどちらがオリジナル曲だったのかと思うほどの歌唱を見せてくれる。 ともかく、なかにし礼もフランク永井もすばらしい曲を残してくれたものである。感謝をこめて、あらためてそれらを寄せて、CD1枚分聴いてみた次第である。(下記リストの年はカバーについては、フランク永井のリリースしたアルバム)

  1968 つかの間の恋
  1968 異邦人
  1970 手紙
  1970 愛のフィナーレ
  1971 雨が止んだら
  1972 暗い港のブルース
  1972 今日でお別れ
  1974 別れの朝
  1975 届かない手紙
  1976 香港ブルース
  1976 生命ある限り
  1978 涙と雨にぬれて
  1983 旅秋
  1983 さよならは左手で
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