BS日テレで長く続く番組「日本名曲アルバム」の3月に放映された「哀愁の昭和メロディー!吉田正・佐伯孝夫特集」。
フランク永井の恩師吉田正と佐伯孝夫の特集とあらば観なきゃと、ほとんど脅迫観念かとあきれながらも鑑賞した。
「おまえに」「伊豆の踊子」(吉永小百合)「恋のメキシカンロック」(橋幸夫)
「若い力」」(国民体育大会歌。作詞:佐伯孝夫、作曲:高田信一)
「勇気あるもの」(吉永小百合)「哀愁の街に霧が降る」(山田真二)
「東京ナイトクラブ」「東京の人」(三浦洸一)「恋をするなら」(橋幸夫)
「落葉しぐれ」(三浦洸一)「夕子の涙」(三田明)「西銀座駅前」
「誰よりも君を愛す」
13曲が披露された。「Jコーラス」と「アンサンブル・オアシス」の2つのコーラスグループが分担あるいは合成で歌われた。「おまえに」と「西銀座駅前」については、フランク永井を目標と慕うささきいさおが歌った。「東京ナイトクラブ」はこーらすの男女でのデュエットだった。
吉田正の作曲でないのは「若い力」だが、これは国体で歌われる歌で佐伯孝夫の作品だ。いずれも吉田・佐伯のゴールデンコンビが活躍していた時代に、広く歌われたものばかりで皆がほとんどよく知っていて口ずさんだものだ。
若いコーラスのメンバーは揃って本格的に声楽を学んだ方がた。吉田正や佐伯孝夫がヒットを連発していた時代のあとに生まれた方がたであろう。音符に忠実な歌唱を聞かせてくれた。
音楽教育の土台というか基本はクラシック系だから、ここでしっかり身に着けた声楽の実力は、卒業してもそれを生かす場が多いとは思えない。無数にありいたるところで披露する機会があるとはいえない。
音楽が人びとに憩いとして大きな作用を及ぼしていることは分かっていても、なかなか社会的な体制には至っていないということかもしれない。そうしたなかで、流行歌などの大衆文化というか世俗文化というか、その分野にも注目し、クラシックなどの正統?な音楽が融合していっているのだろう。
「千の風になって」が秋川雅史の歌唱で人気を得た。その秋川がさまざまな歌謡曲のカバーをしているが、そうした流れとの融合かも知れない。
日本でレコードになるような大衆芸能が始まった時期も、歌手と言えば専門的に声楽を学んだ人たちが最初だった。いま聴けば感情的には味もそっけもない印象があるのだが、そのなかから日本独特の演歌のような歌唱法が生まれてきた。ある意味邪道なのかもしれないが、大衆はそれに親しみを感じるところがある。
特に学問的にどうだからこうあるべきみたいなことには、面倒くさい、どうでもいい、という素朴な大衆の視点があり、そこに寄り添いながら切り開いてきたのが流行歌をささえてきたのではないのだろうか。
視点が違うだけ、つまり見る角度が異なるだけのことだ。社会的にアッパークラスのステータスを満足させるものと、その社会を下から支えている圧倒的な多数の人びとのこころを癒す点に焦点を当てた文化との歩み寄りともいえる。
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