フランク永井の恩師吉田正の亡くなった月が六月。このタイミングに毎年吉田正の功績をたたえた多くの番組が放送される。その中でも武田鉄矢が音楽家としての独特の視点から、ポイントをついた紹介が人気の「武田鉄矢の昭和は輝いていた」で、作曲家吉田正の世界として放送された。
先に紹介した「昭和偉人伝 スペシャル」の表裏をかざる番組になっている。あわせると吉田正のすべてがわかるという保存版となっている。
いずれでも橋幸夫と谷田ディレクタがゲスト出演でコメントを話されている。フランク永井のレア映像ソースもそうだが、テレビ東京が所蔵する豊富な歌唱映像もおしみなく紹介されている。
「異国の丘」と吉田正のドラマチックな登場からはじまる。シベリア抑留については吉田正が生きていることの素晴らしさという対比で語るめずらしいシーンを出している。吉田メロディーの幅広さ、奥行きの深さ、若者の夢と希望、人生の暗さと明るさ等々について語られる根源が追及されている。
気持ちの上では戦友でもあり親友という関係でもあった鶴田浩二、吉田学校の芽を思わせる三浦洸一、都会派歌謡を見出すフランク永井と松尾和子、ムード歌謡を開く和田弘とマヒナスターズ、コロンビア遠藤実から直に紹介されて登場する橋幸夫、突然登場する美少年三田明、そして日活の清純な代表的スター吉永小百合。歌でも発言でも登場して恩師を語るが、その敬意と感謝の真摯な姿勢をみると、恩師と関係が尋常なものではにことが伝わる。
吉田正が時代の流れを敏感に掌握するセンサーを持っている。というのはそうなのだが、問題はだれしもが持つセンサーでも、それでとらえる情報のなかから核心的な点を的確に分析して選り出す能力こそが大事なのであろう。しかも、吉田正は、言葉の魔術師ともいうべき佐伯孝夫や宮川哲夫といった当時の天才的な作詞家にめぐりあい、共同できていた。
魂を入れて創作したものを、民衆に触れさせる最終的な表現者を吉田学校で、手ぬかりなく育て上げて託した。彼らは吉田正の意の表現者として、操られるように、みごとに一体の事業を完成させたといえる。国民栄誉賞にふさわしいおおきなものを実際に人々に与えたといえる人生であった。
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