オリンピックなんかより“いま、そこにある危機”、大きな被害をもたらしている雪害のことをもっと取りあげるべきなのではないかな。テレビも新聞もネットも。それともこちら関西だから扱いが小さいのだろうか。ゲリラ豪雨に大竜巻、そして今回地球温暖化が叫ばれているなかでの雪害。最近は自然災害があまりにもひんぱんだから我々もマヒしているのか、それとも3年前の大震災があまりにも甚大だったからすべてが小さく見えてしまうのか。
…とエラそうなことを言いながらも、今回もまた地震保険には加入しなかった。そう、2月は自宅マンションに掛かる火災保険の更新時期。最近は保険会社もベーシックな火災保険にくわえて地震保険への加入をやたらと勧めてくる。でも気持ちのどこかに、もうしばらく大きい地震はやってこないんじゃないかという楽観的な部分があって、なかなかそこまでは踏み込んでいけない。まあ地震に備える=保険に入る、がすべてではないけれど。
いや、仮に大地震がきてもウチは頑丈なマンションだから耐えうるだろうとか、大津波が襲ってもここは上町台地の延長に位置しているから大丈夫だからとか、勝手に思いこんで安心しているフシもある。そういう思いこみをはるかに越えた“想定外”のことが起きるのが自然災害なんだけど。それはある意味“親の介護”と同じかもしれない。将来的に来るのか来ないのかわからない厄介ごととは正面から向き合わず、どこか気持ち的に逃げているという意味において。
ログインしてコメントを確認・投稿する