きのう訃報に接したのは、あるコンサートの幕開け直前。“しみじみとする”という言葉からは対極の位置にあったそのパワフルなイベントのさなか、私はやはり大横綱・大鵬のことばかりに思いをはせてしまいました。王者・大鵬(納谷幸喜さん)72歳で逝く。この悲しい報せの重さを一夜明けたいまでもまだ引きずったままの日曜日であります。
私にとって“大相撲元年”は昭和44年(1969年)、小学2年の時。大鵬30回目の優勝を報じる雑誌「大相撲」を父親から買ってもらったのもこの年。そして母親と高島屋まで「大鵬展」を見に行き、雑誌「相撲 大鵬引退記念増刊号」を買ってもらったのが小学4年。そう、大相撲の世界にふれたとき、大鵬はすでに円熟した晩年期(といっても30歳前後なんですが)だったのです。
小学生のころって素直に一番強い者が好き。これがもう少しトシをとってくるとひねくれてアンチ・ヒーロー的存在を好んだりするようにもなるのですが…。まだ野球にも音楽にも興味のなかったあのころ、大鵬は私の心の中で絶対無二の存在でした。まだ江夏豊もデヴィッド・ボウイも知らないころの、いわば生まれて初めてのヒーロー的存在でもあったのです。
巨人を好きになれるわけがなく、卵焼きは子供のころから大の苦手。でもそのふたつにはさまれた存在が昭和の少年だった私にとってはとても大好きなそして大きな象徴。このところのそしてこれからの相撲界のことを案じると、なかなか安らかな眠りにつけないとは思いますが、大鵬関、どうか遠くからこの素晴らしき伝統の世界を見守っていただければと思います。
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