前回にテレビ番組「ザ・偉人伝」を紹介。そこで藤田まことに触れた際に、フランク永井との絆にふれた「熱唱!藤田まこと フランク永井に捧ぐ心の歌」を書きました。
これについて友人から、それは知らなかった。そんな番組が流れたのか。もう少し話して、と言われてこの記事を書いています。
古い話になります。フランク永井が亡くなったのは2008年の10月です。翌年5月のことでした。フランク永井ファン仲間からこんな番組が放送されると知らせが入りました。いろいろと聞き調べましたが探せないのであらためて聴いたら、教えてくれた方当然全国で放送されると思っていたようですが、実際には関西地方だけの特番でした。ということで、関東の私は見られず残念な思いをしました。
関西では藤田まことは大の人気者ゆえに見た方は多く、話題になりNHKへの再放送のリクエストも多かったと聞きます。藤田は大病で入院中にフランク永井の訃報を聞き、大変残念がっていたようです。ようやく動けるようになり、必殺シリーズ特番の撮影も始まりましたが、合間をぬってこの番組が急遽できたといういきさつです。
藤田のフランク好きは有名で、機会があれば必ずといっていいほどフランク永井の曲を歌っていました。当時同じように親交が深かったディックミネや水原弘の歌も歌っています。
さて番組ですがフランク永井との友情の始まりから晩年までの長い付き合いの経緯も語られています。最初は1958(S33)年の大阪北野劇場でのフランク永井の公演の合間に出演したとき、自らフランク永井に申し入れて、公演の十日間いろいろと手伝いをしたこと。
前回も触れましたが九州での講演の際にフランク永井からフランク永井メロディーの楽譜と「いつでも私の歌を歌っていいよ」との添え文を受け取ったエピソード。水物芸人の世界では仕事のお呼びがかからないときほど淋しいものは無い。藤田はフランクに深く感謝したことを、ここで話しています。
大阪といえばフランク永井は大阪もので人気を得ました。最初は石浜恒夫作詞大野正雄作曲「こいさんのラブ・コール」。当時大阪労音で大人気を得てABCホームソングに呼ばれ8回も登場しました。「大阪ぐらし」とつづき、フランク永井の歌う大阪ものが定着します。
藤田は番組でがたろ横丁を訪ねる。石浜の娘紅子さんとあって歌にまつわる話に花を咲かせます。
フランク永井の最後を看取った実姉美根子さんから藤田に当てた感謝の便りが紹介されます。藤田がフランクの歌を歌い続けているよと病床のフランクに告げると、何度もうなずき思い出しているようなしぐさをしたことも話されました。歌い続けるのは自分の後に何人もつづくよと藤田は返します。そして最後に「公園の手品師」を歌ったのだが、この番組で藤田が歌ったのは、次の曲です。
大阪ろまん、おまえに、霧子のタンゴ、君恋し、こいさんのラブ・コール
大阪ぐらし、公園の手品師
藤田まことは歌手ではありませんが、歌は好きだし、長年舞台でも歌い続けてきました。「必殺シリーズ」のテーマ曲も歌っています。あの魅力的なせりふ回しをする声は、歌っても奥行きを感じます。特にフランク永井の歌はピッタリです。「おまえに」「公園の手品師」はちょっとした他の歌手はかないません。
藤田は2010年2月に亡くなりました。この番組がNHKから全国放送されたのは2月21日でした。再放送を希望したいです。
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