4月3日テレ東BSの人気番組「武田鉄矢の昭和は輝いていた」は作詞家佐伯孝夫特集でした。先日にも確かテレ東BSの歌手協会プレミアム番組で佐伯孝夫の特集があったと思いますが、今回の鉄矢番組では、私が作詞家として最も尊敬する佐伯を一番深堀したものだったように感じました。
ゲストは佐伯のご子息和泉孝也、日本歌謡史に詳しい刑部(おさかべ)方則日本大学教授、そして三田明。三田は吉田正や佐伯孝夫といった戦後のビクターを背負った偉人のテーマを取り上げる際に、吉田学校門下生で出る機会が多くなっています。
今回はご子息が出演されたこともあり、家庭から見た佐伯の視点にも触れられています。佐伯孝夫といえば、私はガキだったころからラジオで流れる歌の紹介のはじめに「佐伯孝夫作詞吉田正作曲による…」というアナウンスの言葉が耳にしっかり残っています。
昭和を代表する作詞家の第一人者と言っていいでしょう。戦前、戦中、戦後と活躍されました。昭和という時代の流れを敏感にとらえたというと真っ先に阿久悠の名があがります。しかし彼はまさにピンクレディーの全盛時代というわずかひと時期の代表選手でした。この一時は間違いなく阿久悠は時代をとらえるもっとも敏感な方であると同時に、時代を作る作詞家でもありました。
佐伯孝夫は長い複雑で多重な昭和という時代の全体にわたり、柔軟で幅広い多角的視点から作詞を手掛けています。その時々の時代の色やにおいをかぎわける能力は圧倒的です。戦後盟友吉田正とのコンビで圧倒的な力量を見せつけました。
今回のテレ東BS鉄矢番組は、そうした佐伯の知られざる生涯をそつなくまとめ上げています。
「ムード歌謡」の世界を切り開いたのは吉田正ですが、佐伯孝夫の存在は欠かせなかったと言っても過言ではないでしょう。吉田正が戦後の大復興期、全国から都会に出て働いた労働者たち。彼らが昼の疲れを夜に街で癒す時に、日本人の心にあった曲が欲しいと考えていた。この吉田の気持ちを察し、一体で作り上げたのだ。
番組では「有楽町で逢いましょう」が歌われ、その直前に発売された「東京午前三時」が披露されました。「東京午前三時」についての貴重な手稿がご子息によって初めて披露されました。佐伯の試行錯誤が手に取るように感じられるものです。
さて、この番組のテレビ局のサイトの紹介欄では不思議にもフランク永井の歌がでていません。どうしたことでしょう。
吉田正が自分でもっとも好きな曲は迷わず松尾和子の歌った「再会」だと言っていたのは有名です。この番組ではご子息は佐伯の作った作品の中で一番の傑作は「再会」だと言われていました。これは私も初耳でした。さらには三田明も自白していたのは、この曲は大好きで自分のアルバムで「再会」をカバーで収録していると。だが、恩師は二番は歌うのを許さなかったと言ってました。これも初めてのエピソードでした。
確かに松尾和子の「再会」はとびぬけた完成度の曲ですね。
ログインしてコメントを確認・投稿する