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2026年01月26日18:23

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映画「シンペイ」フランク永井の恩師吉田正が尊敬する中山晋平

 「シンペイ」製作委員会が2024年に作った映画「シンペイ〜歌こそすべて」神山征二郎監督作品をみる機会を得ました。「カチューシャの唄」「ゴンドラの唄」「シャボン玉」「東京音頭」をはじめとする名曲の作曲家中山晋平の、生涯をつづった作品です。
 日本の大衆歌謡の草分けといえばこの人、中山晋平です。彼の生涯がこの映画にぎゅっと収まっています。さまざまなエピソードがきちんと盛られています。よくぞここまで見事に整理して描いてくれたものだと思います。
 登場する人物に最大の盟友ともいえる野口雨情がおり、西條八十がいます。野口雨情についてはその記念館を訪れたときの様子をいちどこのブログで紹介しましたが、彼の絞り出す詞は一言一句が称賛の対象です。「船頭小唄」「波浮の港」「シャボン玉」「赤い靴」「雨振りお月さん」「あの町この町」等々、主にこどもたちの視点をさりげなく表すのですが、日本語をやさしく紡ぎ出す奥の深さは右に出るものを知りません。
 中山晋平も野口や西條や北原白秋らの書く詞の魂をメロディーに映し出すのですが、やはり天才としか言いようがありません。作詞家と発想の根底が一緒なんですね。作曲家でありながら、自分が書生をしていた名文学科の島村抱月の書いた「カチューシャの唄」の詞に修正を唱えます。西條八十の書いた詩の「彼女」という日本語がメロディーに乗りにくいのでと異を唱えたりします。その提案が源詞を結果的にメロディーと重なることで光り輝くものになるのです。
 映画で印象的なシーンだったのは、日本が大陸に満州を建国し戦争の様相が深まっていくときの中山、野口、西條の三人の会話です。西條は「満州に行く」と言いだす。大陸に派兵した人にも歌は必要だと。野口は己の揺るがない信念から西條に「何事か」と詰め寄る。「子どもたちの唄は死んだ…」と嘆く。中山は「娘が軍歌をレコーディングすることになった」と。戦争を起こした為政者による社会的強制がそれぞれの胸を割く…。
 さて、フランク永井の恩師は吉田正。シベリア抑留経験者です。彼は音楽をほとんど自力で切り開いていますが、自分の尊敬する作曲家は中山晋平だと語っていました。中山は恩師でもあり人生の親ともいうべき抱月から「中山君、いかなる芸術も大衆失くしては存在せん」と薫陶を受けた。中山晋平らが切り開いてきた日本の大衆音楽を継承するのだ、と立場を述べています。「有楽町で逢いましょう」などの都会派歌謡はその結果生まれました。その愛弟子がフランク永井です。1974年に「いのち短し恋せよ少女(おとめ)」というアルバムを出しています。
 これはフランク永井が全曲中山晋平を歌うという、当時としては画期的なものでした。当時歌謡界のベテランの域に達し、歌唱力の高さを各界から称賛されていたフランク永井に「中山晋平を歌わせてみよう」と声があがり、白羽の矢が立った。ディレクター、編曲者(三保敬太郎)、録音技術、ジャケット担当、ビクター・オーケストラがプロジェクトチームを結成して、ち密な手作り作業で完成したのがこのアルバムです。
 収録されている曲は下記です。このアルバムはビクターからすでにサブスクで公開されています。
  01.ゴンドラの唄 02.さすらいの唄 03.山の唄 04.カチューシャの唄 05.燃える御神火
  06.旅人のうた 07.船頭小唄 08.鉾をおさめて 09.東京行進曲 10.波浮の港
  11.曽根崎夜曲 12.砂山
 エンディング・ロールにかさなる「ゴンドラの唄」は上條恒彦。野太い声ががここちよい。

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