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2025年09月06日16:50

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【訃報】橋幸夫 心からのご冥福をお祈りいたします

 訃報が飛び込んできました。橋幸夫です。ビクターのフランク永井の後輩で「潮来笠」でデビューし、一気に人気スターになり「いつでも夢を」では、大人気俳優の吉永小百合とのデュエットをくみました。フランク永井は落ち着いた都会派ムード歌謡の世界、橋は恩師吉田正が作る広いジャンルの世界で活躍しました。
 最近まで吉田学校の門下生として歌手を続けてこられました。同じ門下生では三田明が引き継ぐ形で現役を守っています。橋は、西郷輝彦、舟木一夫と御三家などと呼ばれましたが、舟木が健在です。橋が旅立たれて、歌謡界の一時代が過ぎたようです。というより、若い世代への代替わりがなされたようで、ビクターでは山内惠介、辰巳ゆうとらが頑張っています。
 ちなみに、私は橋の歌った歌の中で一番好きな曲は「雨の中の二人」です。
 さて、おしゃべりだった橋幸夫が、2011年秋に東京新聞連載欄#48に「奇蹟が起きた」というコラム記事を書いています。フランク永井関係記録の一環でここに採録させていただきますので、ご覧ください。

【奇蹟が起きた】橋幸夫
 私にとってフランク永井さんは、歌手としても人間としても尊敬していた方です。そのフランクさんが、53歳だった1985(昭和0)年の秋、自宅で首を罷られ、都内の病院に運ばれた。
 「危篤状態」との連絡を受けた私は、妻の凡子と病院に駆けつけました。一番最初に病院に急行されたのは、二人の恩師でもある吉田正先生ご夫妻でした。ICUから出てこられた担当医の先生に「どうなんでしょうか」と尋ねた。先生はは首を傾げられた。松尾(和子)姉さんが出てきて「橋君、やばいんだよ」。
 フランクさんの顔を見たら真っ青。心電図はもう止まっていた。「もうだめなんだな」。心が凍る思いだった。「橋君、なんとかできないかね」と松尾姉さんから言われた私は、ある先生が頭に浮かんだ。その先生に至急連絡をとったら、慌てて飛んできてくださった。
 先生がずっと目をつむられる。これは後で聞いた話だが、その時のフランクさんは三途の川を渡り、向こうに行きかけている状態で、引き戻す作業を先生が念じていたらしい。二十分くらいだったろうか、先生が「大丈夫です」とおっしゃった。そしたら、顔が少し明るくなった。担当医を呼んで「先生見てください。変な話ですけども脈を打ったみたいです」と言うと、看護師さんもきて「奇跡が起きました」。完全に蘇生したのです。
 信じないから、ずーっとだれにも語らなかったことです。一日足らずで話題になり、回復のニュースとなりました。
 病院は4カ所変わった。フランクさんは2008年の秋、76歳の生涯を閉じられたが、19年間がリハビリ生活でした。その間、病状は次第に良くなり、立ち歩きができるようになって、歌も聞こえ自分で唄えるまでに回復した。
 「先輩、もう一回唄ってみましょうよ」と言うと唄いましたね。故郷の宮城は今大震災から復興の途上にある。フランクさんが唄った故郷の歌「東北音頭」を、私が継いで今秋から唄い始めました。
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