貴景勝が関脇に陥落。大関復帰ならなかった霧島にくわえて御嶽海・正代・高安・朝乃山(番付順)と、来るべき秋場所では三役以下に元大関がなんと6人。長い大相撲の歴史でここまで多くの大関経験者が番付に載ったことはあるだろうか(ちなみに”大関陥落経験力士”という意味では横綱・照ノ富士も該当するから7人の侍となる)。
かっての時代であれば、大関陥落がきまった時点、あるいはしばらく平幕をウロウロしたあと十両に落ちるとわかった時点で、大関の地位まで昇りつめた力士が下の地位で取ることははずかしいと、年齢にかかわらずそしてたとえ場所の途中であっても潔く引退を表明していたものだけど、最近はそういうケースがほとんどない。
どこかで読んだけど、そこにはイマの時代のスポーツ界でよく引用されている、緊張を強いられたり、厳しい状況にあるときに”〜を楽しむ”という表現が、力士たちのあいだにも作用しているのではないかという見解。もちろん昇進基準をもっと厳しくしろとか公傷制度を復活しろとか、元大関の頻出に歯止めをかける具体案もいくつか。
どちらにしても、一気に番付を駆け上がってきた”ちゃんこの味のしみていない”ザンバラ髪の力士たちが次々と活躍するいっぽう(秋場所も新入幕・阿武剋に注目)、何人もの元大関が番付に存在するというイマの角界。昭和半ばから相撲を愛してきた者にとってはいまひとつ重みを感じないけど、これもまた時代の流れなのでしょう。
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