山田太一の小説「異人たちとの夏」が原作。1988年には大林宣彦監督にて映画化されているこの作品、どちらもリアルタイムで接しているはずなんだけどほとんど忘れてしまった。独立した物語として味わったほうがよかったのか、それとも比較しながら楽しむべきだったのか、観終わったあとは複雑な気分が続いている。
ロンドン在住、40歳になる脚本家のアダム。ある日彼は幼き日を過ごした郊外の一軒家を訪れる。するとそこには30年前に事故で亡くなったはずの両親が当時のままで暮らしていた。やすらぎを求めて何度となく生家を訪れるアダム、いっぽう彼は同じマンションの住人男性、ハリーとの仲も少しずつ親密になっていくのだった。
それほど起伏がなく終始静謐が優先される展開。「さざなみ」「荒野にて」のアンドリュー・ヘイ監督作品が持つ特徴と言ってしまえばそれまでだけど、まるで行間をやたらと想像させる現代純文学作品に向きあったときのような感触。アダムの揺れる気持ちに寄り添いながらも、正直何度か睡魔と戦うことになってしまった。
過去の時代を際立たせるために音楽は不可欠。普遍的な存在よりむしろ当時の徒花的アイコンを起用したほうがより鮮明となるのは洋の東西を問わず。ラストシーンに引用された曲は以前にも何かの作品で象徴的存在だったような。もちろん物語の展開を踏まえたゲイカルチャーのアンセムということが最大要因だと思うけど。
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