岡田監督が6球団競合の末に阪神から指名されたとき、こちら高校3年生。どこで情報を仕入れてきたのか、級友が教室の片隅でいきなり「岡田、阪神やぞ!」と。岡田の希望球団が阪神と知っていたので「やった!」と喜びながらも「そんなウマいこといくかあ、怪しいな」と疑った。すると翌年も原が4球団競合の末きっちり希望球団に。
テレビ中継もネット情報もなかったころ、ドラフトの結果は駅売店に重なる、夕刊フジや大阪新聞など夕刊紙の見出しで初めて知ることが多かった。あるとき大きく「立浪 中日」とあり、なんで立浪部屋力士の八日目の結果が…と思ったり、「野田 阪神」とあったから、なんで阪神電車の駅名が…と思った、というのはもちろんネタです。
野茂は史上最多8球団から指名、そのなかに阪神があると知っていたので結果がとても気になった。ところがその日の私は南港インテックス大阪で一日展示会のアテンド。落ち着かない私は担当ブースにある仮設電話から、周囲のイタリア人の目を盗んでこっそり自宅に架電、テレビ中継を見ていた母親が「近鉄やで!」と。
さて、ことしのドラフト会議。けさのスポーツ各紙の阪神1位指名予想は、ニッカン・西館(中大)、サンスポ・常廣(青学大)、スポニチ・下村(青学大)と見事にバラバラ。こんなことおそらく初めて。オリックス監督時代もふくめ岡田監督のクジ運の悪さは周知の事実、はたして…。運命のドラフト会議、まもなくスタート!
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