【復刻再録】ラジオ歌謡〜あの名曲をもう一度
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【第12回フランク永井歌コンクール告知】
2024(R6)年3月16日(土)17日(日) 大崎市松山体育館
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2010年10月22日朝日新聞からの記事を資料復元します。
フランク永井の名曲「公園の手品師」「こいさんのラブ・コール」2曲が、ラジオ歌謡の代表的な曲目として挙げられています。
ラジオ歌謡については「戦後四半世紀電波から流されたホームソング」(石井久夫書作・編纂)を私も加わって、2020年に発行しました。これは、ラジオ歌謡に関する唯一最大の資料となっています。
フランク永井はこの分野で、先に挙げた代表曲の他に「すぐに盆だよ」「アイスクリームの夜」「いつの日あえる」「鈴懸の頃」「あふれる朝の」「麦わら帽子の子守唄」「雨傘」「赤いバラ」「恋さん恋唄」を歌っています。
また、忘れられないことは一般社団法人東京ラジオ歌謡を歌う会の村越会長にお手伝いをして「ラジオ歌謡50曲集」�イ覆匹虜鄒修鬚靴燭海箸任后B識曚気鵑和召砲瞹馨隹痢�昭和歌謡を歌う際の、音符と歌詞集を多数作られました。片手に持てる小さな冊子です。歌声喫茶でのシーンを思い出します。
【あの名曲をもう一度】
◆関西発のラジオ歌謡
ラジオ歌謡を知ってっていますか。1950年代を中心に、NHKで「ラジオ歌謡」、朝日放送では「ABCホームソング」・という番組で、関西で作った歌が全国に流れていました。高木東六、大澤壽人(おおさわひさと)ら日本を代表する作曲家も起用、「たそがれのワルツ」「こいさんのラブコール」など今も歌い継がれる名作も生まれました。こんな関西の財産を見直そうと、関係者が取り組んでいます。(尾崎千裕)
◆大阪発の「ラジオ歌謡」代表曲
タイトル 作曲 作詞 放送年
たそがれのワルツ 高木東六 深尾須磨子 1951
愛のこみち 古関裕而 武井つたい 1953
松原松風 小倉朗 安西冬衛 1956
夏のルンバ 服部良一 安西冬衛 1948
鏡 橋本國彦 深尾須磨子 1948
あしおと 大澤壽人 貴志邦三 1951
ハロージョー 大澤壽人 佐藤春夫 1948
◆「ホ−ムソング」代表曲
タイトル 歌手 放送年
かぐや姫 河井坊茶 1955
公園の手品師 フランク永井 1956
踊子 三浦洸一 1957
こいさんのラブコール フランク永井 1958
酒顛童子 森繁久弥 1958
ポコタの花 ザ・ピーナッツ 1960
日本の娘さん イベット・ジロー 1962
◆倉庫から手書楽譜130曲NHK
NHK「ラジオ歌謡の前身は1936年に始まった」国民歌声。
主に色恋を歌ったレコード歌謡に対し、お茶の間で流れるラジオで.大人も子どもも一緒に歌える歌を普及させよう、と企画されたという。終戦翌年から「ラジオ歌謡となり、1962年までの16年間、毎日、放送されたことから、「夏の思い出」「森の水車」などの愛唱歌も生まれた。大阪放送局(BK)も月1週分を担当、計174曲を世に出した。
NHK大阪ホールで今夏、このラジオ歌謡を、大阪センチュリー交響楽団と歌手で復活演奏する番組の公開収録があった。観覧募集で集まったのは、多くが中高年。
曲が演奏されるたび、「懐かしいわあ」とささやきあったり、リズムを取ったりしていた。
2007年秋、BKで音楽番組を担当する西川彰一ディレクターが、大阪府羽曳野市にある同局の倉庫で段ボール3箱分の手書き譜を捜し出した。ラジオ歌謡は、オーケストラ版で放送されたが、その後、出版されたのはピアノとボーカル譜。このため、作曲者が書いたオケ版の楽譜は、どこに眠っているかわからないままだった。
見つかったのは、高木東六の「たそがれのワルツ」、「六甲おろし」でも知られる古関裕而が書き下ろした「愛のこみち」など、著名な作曲家らの自筆のフルスコア130曲。西川さんは「戦前から高度成長期にかけて、大阪発で意欲的な音楽作品が数多く生みだされていた。この豊かな音楽文化の一翼を感じてほしい」。
◆7割近くの音源を確認ABC
「ABCホームソング」は朝日放送開局の翌年、1952年にスタート。月曜から土曜までの毎朝15分間、全国でも流れていた。
当初は、朝日放送の音楽監督を務めた大澤壽人(1906〜53年)が、曲作りとオーケストラ指揮を担当。「猫の子あげます いらっしゃい」など49曲を残した。
大澤の死後は、様々な作詞・作曲家に委嘱され、三木鶏郎作詞・作曲の「かぐや姫」を皮切りに、「こいさんのラブコール」などがレコード化されヒットした。希望者には挿画を送っており、合唱サークルや歌声喫茶で広まることも多かったという。1972年まで、20年間で約440曲が生まれた。
朝日放送のラジオ番組を制作するAMCの古住公男プロデューサーは「関西の放送局が、月2曲のペースで新曲を全国に発信していたのは本当にすごい」と話す。
古住さんが調査した結果、440曲のうち、6〜7割は放送音源が確認できたという。ホームソングは、レコード化されている場合でも、多くはアレンジなどを変えて再録音されており、オリジナルを聴けるのは音源のみだ。このうち、三木鶏郎作曲・サトウハチロー作詞の「ご存知かい 知ってるかい」(1955年)の放送回を聴かせてもらった。歌は中村メイコ。そうそうたる顔ぶれだが、レコード化されていない。メロディーや歌詞はしゃれた雰囲気で、音の状態も55年前とは思えないほどだった。
同局は昨年10月ごろから、ラジオ番組「甦るABCホームソング」を半年間放送し、20年の足跡をたどった。「ずっと楽譜をストックしていた」「もう一度聴きたい」といった反響が寄せられたという。
古住さんは「貴重な音源を広く聴いてもらい、後世に残すためにもCD化できれば」と話している。】
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