宮城県でもっとも犠牲者の多かった自治体が石巻市だとか。石巻湾沿いのだだっ広い敷地にポツンと建てられた「みやぎ東日本大震災津波伝承館」へ。だだっ広いと書いたけど、津波の前ここは住宅密集地、展示フォトに写る以前の町並みを見て思わず絶句してしまった。国の施設ということで開館はコロナ禍さなかの2020年6月。
来館者よりスタッフのほうが多い平日午前中、てぐすね引いて待っていたと思える高齢のボランティアスタッフのかたによる案内。おきまりの問いかけなのか、どこから来たのか尋ねられ、大阪・阿倍野と答えると、(12年前の)津波は最大50mの高さを記録、お宅からだとあべのハルカスに逃げないとまず助からないだろうとのこと。
きょうも出たかあべのハルカス、などと思いながらショートフィルムで当時の生々しい映像を見ると気持ちが重くなる。すぐそばの標高10mの丘に案内され、津波が襲ってきた水平線を眺めしばし沈黙。その後地元NPOが設立した別施設、「MEET門脇」へ。他に来訪者なく、展示そっちのけで受付女性スタッフとえんえん喋ることに。
こちらが泣きそうになる話がいくつも出てきたけど、おそらく彼女は何百回と口にしているのだろう。お礼を言って出るとすぐ目の前には当時のままの門脇小学校。その周辺には被災者が入居する集合住宅が4棟、さらにその並びには墓地が点在、建立後程ないことを示すように、ほとんどの墓石が黒く光輝いていたのが印象的でした。
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