小林聖太郎監督「かぞくのひけつ」を第七藝術劇場で観たとき、私の真後ろの席にいたのは上岡龍太郎夫妻、隣にはこの映画に出演した故テント。ご子息念願の初監督作品をご両親そろって観るという貴重な機会に出くわすとは。上岡氏の辛辣な言葉、あるいはまさに”家族の秘訣”が聞こえてくるかもと、上映中は気になってしかたなかった。
上映終了、場内が明るくなると周囲はテントに気がついた「わあ〜テントさん居てはる!」誰も上岡氏に気づかない。愛想をふりまくテントを残して上岡夫妻は退場、別に追っかけたわけではなく、人の流れにまかせると私は帰りのエレベーターに夫妻と同乗、あの狭く満員の空間でも氏は気づかれない。私も声かけなどしなかったし。
上岡龍太郎氏の名前を初めて知ったのは70年代半ば、ラジオ大阪「推せん盤だよ!歌謡曲」DJとして。各レコード会社が推薦する新曲を、当時30歳そこそこの氏はよどみのない口調で容赦なく斬りまくった。洋楽ポップス夜明け前の私にとって氏の言葉は実に痛快、ただこのDJと横山パンチが同一人物だと知るのはしばらくあとのこと。
大学に入って経験した関西テレビでの”笑い屋”のバイトは、氏が司会する「激突!お笑いルーレット」収録が多かった。ここでは「いつもは見せない意外な一面を…」などと書くのがふつうだろうけど、氏の場合はカメラが回っていないときでも、まったく変わることなくふだんのイメージそのままだった。謹んでお悔やみ申し上げます。
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