CDもことしで40歳。1982年10月にプレーヤーとディスクがそろって発売。初めて店頭で接したときの音のヌケの良さには感動。やがては”音に温かみがない”などと言い始めるウルサがたも、当時はそれなりに感銘を受けたはず。発売当初はハード・ソフトともにお高くてとても手が出ず。第1号機は16万円代・ソフト1枚3500円。
日本における邦・洋CD第1号は誰のどのアルバムとか、CD1枚の容量74分は何を元に定められたか、とかいまさらな小ネタはwikipediaで調べていただくとして、せっかくなので身びいき的にいくつか、まずは《CDの直径は音楽好きになじみのある寸法がいいということで、カセットテープのプラケースの対角線の長さとほぼ同じ》。
《当時、桂文珍の高座のマクラ「最近はCDっちゅうもんがでけてまして、なんでもこれがいままでのレコード(盤)みたいにひっくりかえさんだかてちゃんと全部聴けるらしいんですな。で、これからは全部このCDっちゅうもんに代わっていくらしいです。へえ、A(面)・B(面)がなくなってC・Dちゅうこってすわ…」》
《当時としては異例の現象、CD盤だけが先に出て後からアナログ盤が出た日本で最初のアルバムがムーンライダーズ「マニア・マニエラ」(実際はCDより先にカセットブックのカタチでリリース)》《いまでは当たり前、CDケースの透明トレイの下にフォト等の意匠を凝らした全世界第1号が「女王陛下のピチカート・ファイヴ」》
自分の部屋で聴くようになったのは80年代後半、社会人になってから。LPを脇に抱えてキャンパスを歩いていた学生時代、CDがあればどんなに楽だったか、これなら無人島にも10枚と言わず、何枚でも持っていけるなと。ちなみに初めて買ったCDは「ブライアン・フェリー&ロキシー・ミュージック・ベスト」20曲入り4000円でした。
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