当時私は6歳と半年と2週間、大阪市立田辺東保育所に通う男児。さすがに人生一番最初の記憶ではないけれど(だったら何かと訊かれたら困るけど)、幼き身にして吉田茂元首相の国葬を薄ぼんやりながらも憶えているのは、その粛々たる儀式を公立の保育所で迎えたからではないかと、いまにしてじわじわと判ってきた。
その日の午後、子どもたちは大部屋の片隅にある小さな白黒テレビ前に集合。ふだんめったに点かないテレビが映る、まずこの非日常が子どもにはやたらと嬉しく、いまでも記憶の片隅に残る理由のひとつになったのだと思う。“偉い人が亡くなったので国民で追悼する”みたいな説明がまず先生からあったはず、これはさすがに憶えていない。
ただし黙祷という儀式だけはよく憶えている。先生に促され全員そろって目をつぶり頭を下げる…まちがいなくこれが人生初黙祷、というかこの作法そのものを知ったのが、おそらくこのときに違いない。あと吉田茂という名前は、エジソンやライト兄弟と同じように、ひとりの偉人として6歳児には刷り込まれたように思う。
あえて公立の保育所と書いたのは、この日全国の公立校はどこも半ドン、小中高大生みな帰宅し、自宅テレビ等で葬儀に接していたと今回初めて知ったから。つまり同じ公立とはいえ、夕方まで子どもたちを預かるのが保育所、そこでそろってテレビの前という結論に至ったのではないかと、半世紀以上経ったいま判ったということです。
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