若年性認知症を患い、ひとりでの生活がままならない元小説家でメキシコ移民のレオ(ハビエル・バルデム)、彼を病院まで連れて行こうとニューヨークの安アパートを訪ねる娘モリー(エル・ファニング)。邦洋を問わず、このところ多い認知症をテーマとした作品。監督は実弟への介護経験をもとに脚本も担当したサリー・ポッター。
今回の認知症はこれまでになく辛い。あらゆる症状を次々と見せつけられ、観る側の気持ちはずんずん沈んでいく。ふだんはフェロモン全開、欲望のおもむくまま生きてるような男を演じているハビエル・バルデムがその当事者だけにその痛々しさはさらに倍加、案の定脂っこさをすっかり抜き去ったような、枯れきったすがたで登場する。
ときおり急に場面が変わる。それはレオの故郷メキシコ、そして作家として訪れたギリシャの海岸。それは彼自身の過去の記憶なのか、それとも常日頃思う願望なのか、あるいは無意識のうちに生じた幻想なのか、初めのうちは漠然としたままながら、物語が進むうちに徐々にくっきりとし、やがてはタイトルの意味に納得させられる。
さて、この物語はどう決着がつくのだろうと思い巡らすまもなく、ちょっと置いてきぼり感のあるトリッキーな幕切れ。そのぶん観る側が想像力を駆使する領域は多く残る。認知症患者と医療の側を始めとする他者との距離感が興味深く、娘にとっての一日と父親にとっての過去、この対比が実に味わい深い小品だと思います。
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