差し歯が外れたからかかりつけのT歯科を呼んでくれと父親から連絡。去年の終わりに新調したところちゃうのと言ったら、ずっと前、S歯科にお世話になっていたころ処置した奥歯だと。世間の90代男性よりとりあえずは勝っているだろう、父親の特性をあえてひとつ挙げるならそれは旺盛な食欲。歯の一本にこだわるのもムリはないか。
「ほ〜う、さすがS先生やな。ええ仕事してはりますわ」T先生は年季の入ったその差し歯を何度となく眺めてそう言った。素人には単なる”銀歯”にしか見えないけど、プロにしかわからない匠の技がそこにあるのだろう。T先生の訪問診療はこれで5度目。最初のころを思えば、リビングの空気はかなりリラックスしたものになっている。
「開業してもう40年近こうなりますもんで、患者のみなさんがすっかり高齢化、年々訪問診療の比率が増えてますわ」T歯科は南海高野線狭山駅駅舎の一部、中2階というのかちょっと中途半端な位置にあるので駅エレベーターも使えず、階段を何度か上下したうえでの訪院、お年寄りにはキツいというのも訪問診療が増えた理由だとか。
結局父親の差し歯に関しては、今回の一本だけ刷新するという小手先の処置ではなく、下側ほとんどを新たに作り直すことに。なので型取り等ふくめると、T先生には向こうひと月にわたってほぼ毎週来宅していただくことに。毎回ぎこちなく動いている、照明係と水回り担当という私の役割も、たぶんちょっとはマシになってくるだろう。
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