"Japanese Kayokyoku Star Furank Nagai Greatest Hits" という全世界をターゲットにしたCDシリーズが、今年の初めに発売されたのは画期的であった。ジャケットは英名だが、シリーズ名の日本語表記は「日本の流行歌スターたち」で、4月末までにフランク永井を筆頭に平野愛子まで21人のCDが出ている。
どれもビクターがかかえた昭和までのそうそうたる大歌手だ。そのまま日本語の大衆歌謡の歴史ともいえる、画期的な作品。驚くべきことは、CDでまとまってこのような形で出るのは、なぜに今頃なんだということ。さらに、ここで取り上げる藤本二三代や、フランク永井の活躍と重なるその時期に美形で人気をはくした神楽坂浮子らのベスト・セレクション(「全集」とも呼ばれるが)が、ようやく、今に世をみたことだ。
怠慢なのかという声もある。まぁ、それはそれとして、このシリーズは当時を知るひとたちにとって、たいへん待ちわびていた作品だけに、それなりに注目され、コンスタントな人気も続いている。
文四郎的にはフランク永井以外の歌手にあまり知識がないのだが、フランク永井とのからみで、松尾和子(このシリーズのフランク永井とともに著者がインナー・ノートを書かせていただいた)、藤本二三代、神楽坂浮子について気にして曲も追ってきた。
この三人は同時期に美人歌手として押されたこともあるが、歌はうまい。コロンビアの島倉千代子はソプラノでかつちょっと独特な歌いまわしが、耳に残り愛されたが、藤本二三代の歌などはきわめてスタンダードな歌唱であり、それでいて可愛さがつたわり好きである。
この藤本のCDは初のヒット曲集とあって、シリーズ中でも引きがトップクラスともいわれる。
藤本のことについては、やはり「有楽町で逢いましょう」のB面をかざった「好きな人」が初めて聴いた。それ以来、歌がうまいという印象だ。それがこの度まとめて聴けるのはうれしい。
当時は、先に走る人気歌手とのカップリングで出すことで、新人とか相方の人気をも押し上げようというレコード会社の意図が一般的だった。フランク永井とペアでレコードを題した歌手は数多いが、中でも藤本は抜群でトップを占める。
レコードのジャケットを持つ人は気づいているかもしれないが、長く不思議に思っていたことがある。それは藤本の写真顔の変化が異様に多いことである。写真が小さく判断がしづらいと思うが、真ん中の写真の上部の20の顔。
ほとんど同じニュアンスのものがない。ほとんど別人である。近年のスマホの顔認識にかけても、同一人物と判断されないのではないか。と思うほど、顔をの変化を感じます。直接にお会いするような機会もないので、なんとも分からないのですが、写真だけをみたら、同一人とは思えない。
もちろん、年代もデビュー時のおよそ20歳から20年はたっていないはず。化粧による変貌もあるだろうが、驚いた次第。ジャケットでも並べてみて、とても不思議な世界に入れる。
フランク永井とのデュエットといえば、ゴールデン・コンビの松尾和子をおいてないのだが、それは「東京ナイト・クラブ」で敷いた都会派ムード歌謡路線にそって走ったからだ。藤本とのデュエットも残されている。「婿さがし八百八丁」で「東京ナイト・クラブ」のおよそ半年前の作品。
レコード会社の思考錯誤作品だったのかもしれない。
ビクターにはもう一人べっぴん歌手神楽坂浮子がいた。松尾との美人3姉妹で若者のあこがれのまとだった。三人で「朝きて昼きて晩もきて」を歌っている。これは今回の藤本の盤に収められている。
三姉妹が映画「初春狸御殿」にそろって出演してる。映画全盛時代といってもいい1959年の新年封切り映画だ。市川雷蔵主演の大映映画。お相手は二役の若尾文子。勝新太郎もでている。ともかく楽しい正月映画。ここで人気の三人娘が色をさらに鮮やかにする。さすがに主役である若尾文子の美しさがはえていて、ちょっと押され気味ながら十分な満足を放った。
それは当時月刊誌とかでしか顔を拝むシーンがない時代。当然モノクロ。それがカラーでしかも大スコープのスクリーンで動き回るのだ。それりゃ、若者がそれみてよだれを流さないわけがない。ちょっとはしゃぎすぎたので、ここまで。
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