今回の一周忌法要も、長らくお世話になっているウチの菩提寺「常徳寺」の住職に酷暑のなかわざわざ大阪市内・針中野から来ていただいた。読経と同じくらいの比重で講話にも力を入れているこのお寺とウチとは少なくとも三代以上前からのつきあい、たぶんいま四十がらみと思われる住職が、文字通り"やんちゃ坊主”だったころもよく存じ上げている。
住職のほうもそういう自覚があったのか、きのうの講話のツカミにも自身の幼少時にはお寺の子として生まれたことがイヤでイヤで仕方なかったという話をされた。「坊主丸儲け」「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」「坊さんが屁をこいた」「坊主めくり(ではJOKER的存在)」…坊主にまつわる言いまわしってロクなものがない、そんな仕事をにはつきたくないと。
こんな自虐的な引用を重ねて講話のツカミにする住職なんてほかにいるのかどうかわからないけど、いつも彼の講話には線香くささがまったく感じられず、はたしてこのネタをどうやって仏教的教えにまで到達させるのだろうかと思わず聞き入ってしまう。きのうも最後には「南無阿弥陀仏」という言葉の意味にまできっちり着地させたのはさすがだと思った。
この住職の実兄は大学で仏教学を教えられていて、一度だけ聴いたことがあるけど彼の講話も実に上手く、話し上手はこのお寺代々の伝統なんだろう。まあ遠方から来たかたにすれば、和装のうえにベタな大阪弁、上方の噺家とさほど変わらない印象をあたえたらしく「さすが大阪(の下町)のお坊さんやね」と、お膳を囲みながら親族たちとの会話は盛りあがったのだった。
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