きのうの始球式の松井の球、ロサリオなら間違いなく振ってたな。まあそれはともかく、たぶんあのワンバウンドの投球は、オレにとっての高校最後の夏は、こんな球ばかりを20球放られて終わったんだぞという、松井自身の心の叫びがこめられたものに違いない。ということで100回目、子供のころ100回目なんていつのことやらと思ったけど、あっさりとその夏は来ぬ。
甲子園大会を見ていつも思うのは、ふだんから阪神タイガースの試合で行き慣れているはずの、あの空間とはまったくの別モンのように感じること。本当にそうなのか実際に見て確かめたいとも思うけど、あんな灼熱の炎天下で何時間もジッとしているのは拷問のように思えて、まだ一度も生観戦したことがありません(センバツは小学生の時に一度、これが私の初甲子園)。
そう、猛暑対策もふくめ甲子園大会が抱えるさまざまな問題を考え直すのにはちょうどいい節目、101回目からは年号も代わり、さらにその翌年にはオリンピックも控え、そしてアマチュアスポーツ界ではロクでもない醜聞ばかりがはびこるいまこのときこそ。ところが世間では過去の歴史ばかりをふりかえり、名試合・名場面・名選手の掘り起こしに余念なし。
余計なことを言うと現在熱戦中の球児たちに水をさすということか(水分補給は大切だけど)、とにかく次の100年に向けての問題提起がほとんどなく、それを目にした数少ないケースは、スポーツ紙におけるけっこう厳しいタッチのコラムのみ。ただそれが朝日新聞系列の日刊スポーツのものだったので、これってちょっとした自爆テロ?みたいに思ってしまった次第です。
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