10歳の少年がこんな場面を見てごらんなさい、そらシビれますわ。「日本、金銀銅独占!」興奮して何度も叫ぶアナウンサーの声はいまでも耳に残っている。移り気な少年にとっては一瞬の輝きだったけど、当時の日の丸飛行隊は江夏よりも田淵よりも大鵬よりもずっとカッコよかった。3人にインタビューしたNHKアナは質問の内容が悪かったのですぐに外されたと聞いたけど。
札幌冬季五輪は我々のわんぱくごころと想像力を刺激した。校舎の階段の手すりの上をしゃがんだまま滑り降りてきて「70m級ジャンプや!」と思いきり飛び降り、すぐさま先生に「危ないからやめなさい」と怒られた。懲りない僕ら、今度はふたり重なって手すりにもたれた姿勢のまま滑り降り、「リュージュ2人乗りや!」とふざけて「いいかげんにしなさい」とまた怒られた。
近所の裏道はスケートリンク。夕方そこは車両通行禁止、ローラースケートをはいて2人ずつ滑走、禁止区間を示すバリケードの向うを回って戻ってくる(私はローラースケートを持ってなかったので見てるだけ)。このバリケードをコースチェンジに見立てているわけだ。「ここはアンタらだけの遊び場とちゃうねんで!」あのころはどこにでもいた近所のうるさいオバハンに怒られた。
ほどほどの情報収集能力そして応用力、かと言ってシラケることのない無邪気な遊びごころ。実にいいタイミングで札幌五輪にめぐりあったと思う。10歳の少年たちには“札幌オリンピック”という言葉そのものがとてつもなく大きな存在となったのか、閉会直後には「4年後の札幌オリンピックはどこであるの?」とマジで訊いてくる奴が何人もいたほどだ。
ログインしてコメントを確認・投稿する