阪神タイガースに18年ぶりの優勝をもたらした最大の功労者だとわかってはいても、やっぱり中日ドラゴンズのエースそして監督としての印象のほうがずっとずっと強い。やっぱりこちらが小学生のとき初めてプロ野球の世界と出会い、その面白さをぐんぐん吸収していったころの刷り込みというのは大きく、そしていつまでも引きずるものなんだなあと。
入団時のいきさつから、巨人だけには負けたくないと闘志をむき出しにしていたと言われるけど、いやいや阪神もけっこうやられてます。ただ、ここで阪神が勝てば優勝という試合に先発、憎き巨人に優勝されたくない彼はわざと打ちごろの球ばかり投げるも(これってルール上では敗退行為⁈)、阪神の選手は緊張のあまり凡打ばかりくりかえした…という話はあまりにも有名。
そういえば彼が2度目の中日監督をしていたころ、私はよく営業回りで名岐地区の中小企業に顔を出していたんだけど、そのしゃべりかたや相手を威圧するような雰囲気、つまり“星野仙一ノリ”をくりひろげる中間管理職がけっこういて、ああやっぱり彼は地元の名士、リーダーシップの象徴的存在なんだなあとしみじみ思った記憶あり。
ONがあいついで病に倒れたとき、これでこれから球界のリーダーは彼だと確信したんだけど。もちろん野村や張本のような屈折したご意見番的存在ではなくて。そしてひょっとして初の現場出身コミッショナーもあるのではなんてことも思ったり。グラウンドからしりぞいたあとも病との闘いだったと今回初めて知った。闘ってばかりの人生、あの世では安らかにお眠りください。
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