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2017年07月14日17:59

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フランク永井活躍の時代の「歌声喫茶ともしび」が時代を超えて「出前」公演

 「うたごえ喫茶・ともしび」の出前ということで、筆者の自宅の近くの小ホールで催しがあった。7月9日のことだ。いつも週末に散歩するコースにある場所なので、ときどき前にある掲示板に目を向けるのだが、思いがけずにこのポスターを見て申し込んだ次第だ。
 ひとりで行くのもなんだと思い、お世話になっている東京ラジオ歌謡の関係者の先輩おふたりに声を掛けた。よろこんで参加するとのことでご一緒した。おひとりの先輩はなんとその時代に、ずばりそのお店でアコーディオンを演奏されていた。さらにおひとりは最近まで続いていたというその愛好会に長年参加されてきたとのこと。そのようなことから、まさに思いがけないこととして感慨ひとしおという。
 うたごえ喫茶ともしびは、東京新宿を拠点にして昭和30年代から活躍、一時期社会的には忘れ去られたような時期があったものの、昨今の昭和歌謡ブームなどからマスコミやテレビなどで紹介されたことから、人気が再来しているという。
 「出前」ということで、全国各地からの開催要望に応えるシステムがあって、少人数でもいかなる地域でも要望があれば出向いて開催するという。近所で行われたのはそうした地域の企画で実現したものだという。会場にはほとんどあの時代の経験者とおぼしき方々で満杯だった。同年代で意外と女性が多かったと思う。
 当日の参加者からのリクエストを最初に受付け、そうした曲をもとにした構成ですすめられた。ステージ・リーダーはテレビでも紹介されていた小川那美子さん。演奏はピアノで南部勇木さん。南部さんはジャズ演奏が得意とのこと。数千曲をまったく楽譜なしでイントロから間奏を含めて自在に完奏する。
 昔と同じで、楽譜が貸し出され、曲名とページが案内されて、皆で合唱する。みなさん、よく曲を知っているし、うまい! そのまま合唱団で舞台ででられそうな雰囲気になってくる。
 およそ2時間、抒情歌、労働歌、ロシア民謡等々一気に歌った。昔とは違い会場がホールなので飲み物はお茶など自前だが、かつて昭和30〜40年代に何度か通ったうたごえ喫茶の雰囲気がよみがえった。

 うたごえ喫茶は戦後の高度経済成長の時代に、地方から都会に集中した労働者というか働く人たちの重要な憩いの場のひとつであったと思う。私の知人にもそこでやってた人がいた。R君は吉祥寺ともしびで歌っていた上条恒彦のバック演奏をしていた。E君はその同郷でアコーディオンと歌唱をしていた。いまどうしていることか。上条がファーストアルバムを出したときは嬉しくなって購入したものだ。
 高校時代の筆者のクラスは音楽祭のときに何故かテーマにしたのは「ボルガの舟歌」で、見事に歌い入賞したこともある。
 日本の歌声喫茶は全国的なうたごえ運動と関係するようだ。敗戦で日本を占領した米軍は日本の米国化をするために米国励賛の文化の一環で映画、スポーツ、音楽をがんがんと注入した。映画も音楽も今でいう著作権はほとんど無視された状態で普及に力を入れた。アメリカナイズというか米国励賛というか。
 しかしこの時代米ソ冷戦ということが言われ、ロシアの影響も無視できなかった。だが、当時は東欧からの映画は許可が数で制限されていたために、数は圧倒的に限られていた。歌はシベリア帰りの人たちの持ち帰りもあって相当流れていたように思う。
 うたごえ喫茶に決定的なきっかけを与えたのはロシアの映画「シベリア物語」だ。当時のソ連の国、といっても荒れた極寒の地、地の果てで犯罪者流刑の地シベリアを、たたえた映画。シベリア出身のイワン・プィリエフが、ロシアで歴史的に2回目のカラー映画作品として1947年に作ったものだ。
 この映画は日本に輸入され全国で上映された。音楽家でありながらもナチスとの戦場におもむき負傷して故郷シベリアに帰る。厳しい環境で働く人たちの求めで歌を歌い、作曲する。それがいかに強く人々から喜ばれることかを実感する。それがちょうど歌声喫茶のような場に象徴されて描写されている。
 映画では「さすらい人」(バイカル湖のほとり)、「君知りて」「シベリアの大地」「流刑人のうた」など9曲が歌われている。また、マヒナスターズ、ロス・プリモスなどいまだ活躍中のコーラス・グループの起源もこれだ。ダーク・ダックス、ボニー・ジャックス、スリー・グレイセス、デューク・エイセス等々が世に出たのも同じだ。
 大地に根差した人びとの熱気、陽気、素朴さ、たくましさ、連帯感が描かれている。これは日本で都会に出てきて働く者に通じる何かを与えた。現在でも営々と続いているううたごえ喫茶にあるようなさまざまな歌の活動が、それを表現しているのではなかろうか。

 写真は同時代に活躍したフランク永井が珍しくアコーディオンを演奏している写真。フランク永井は労音での全国公演で歌っていて、そのなかで「黒い瞳」(1962:PV-198)を出した。しかし基本的に夜のムード歌謡、大人の恋の悲哀の分野での色合いの濃さから、公式には労働歌のような分野とのかさなりは薄い。
 主催者にブログで紹介したいからといって写真の撮影をお願いしたのだが、主催者もともしびからも一切不可とのことで断念・残念。
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