フランク永井が活躍したおよそ30年。これは今でいう昭和歌謡の盛り上がった時期と重なる。フランク永井自身が残した歌については、ファンの協力で現在までにほとんどが明らかになった。
しかし、細かいことを言えば、この時期は各レコード会社が様々な形のオムニバス盤を出していて、以外にもそこで本人がシングル盤でもLP版でも出していない曲を含めていたこと。
フランク永井が属したビクターからは「オールスター歌の星座」「魅惑のオールスターズ」「花のステージ」「歌の花束」といったシリーズの集合版を出していた。抱える歌手の押し出しのために、新曲やもう少し出てほしいというような歌を1枚のLPにして、毎月のように出していた。そしてそれら以外に、各歌手ごとの視聴盤というのもあって、放送局やレコード店に配布して積極的にながすことで、聴く人の印象に残らせ、レコードを買ってほしいという作戦だ。
だが、それらの盤がいつ、どれほど作られ、どう利用され、その後どうなったかということについては、ほとんど関心がもたれないままであったことが、現在研究者には大きな難点になっている。
フランク永井について調査を進めていて、収集したものから推察をするしか手がないことから、そうとうに混乱した。
ビクターでは先に上げたオムニバス盤以外に、「流行歌ベストテン」「流行歌ベスト13」「流行歌ベスト15」とかのシリーズ、「ヒット・チャート○○」シリーズ、「ゴールデン・ヒット・ソング」のシリーズなどがある。さらに、月間で新譜だけの視聴版も作られた。いったいこうした販促を目的にした盤シリーズはどれほど作られたのだろうか。各レコード会社が競争のために同様なことをしていたわけで、受け取る方もおのずと関心が薄れるというものだ。
掲載した写真は主に後者で、18点中16点がそれだ。VolNo22がここにある中では最後のものだが、シリーズの最後かは当然不明だ。
筆者の手元には整理も十分にできないまま何十枚かあって、時に針を落とす。多くは当時に聴いた曲が多いので、レコードを聴いている時には頭がその当時にワープして、それなりにいい気分を味わる。もういない歌手もいれば、すっかり忘れていた曲もある。
フランク永井の曲はさまざまだ。このような盤には大ヒット曲はほとんどない。やはり、レコード会社側がプッシュしたいという意図が感じられる。
オムニバス盤については、まだまだ調査中ということで、解明の楽しみを先に残しながらの、つかみどころのない話でした。このテーマについては、オムニバス盤をお持ちの方で、楽しまれている方からの情報をお寄せいただければとお願いします。
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